バッハ:フランス組曲

 

バッハのフランス組曲は全部で6曲が知られていますが、その1番から5番までは「アンナ・マグダレーナの為の音楽集第1巻」に含まれています。マグダレーナはバッハの2回目の妻で、再婚直後にバッハがこれを弾いて妻を喜ばせようとしたのか、或いはマグダレーナ自身の練習用として書き与えたのか、とにかく全体に明るく清々しく、『優しい』気持ちに満ちた曲が多いです。何故、『フランス』と名付けられたのかははっきりしませんが、バッハ自身が付けたのではないようです。ちなみに、同様の組曲で『イギリス組曲』もありますし、現在『パルティータ』と呼ばれている6曲も『ドイツ組曲』と呼ばれたこともあったようです。フランス組曲は、イギリス組曲やパルティータよりもコンパクトで、基本的には「アルマンド」「クーラント」「サラバンド」「ジーグ」の順の典型的バロック組曲配列で、それにサラバンドとジーグの間にちょっとした飛び入りが入るという、こじんまりとした曲構成で弾きやすく、初級者にも親しまれています。


●第2番より『アルマンド』
バッハを弾くときの難しい点は、テンポやフレージングに対して、殆どバッハ自身の指示がなされていない事です。この曲も、例に漏れずバッハ自身の指示はありません。しかし、どのようなテンポで弾くかによって曲想は大きく異なります。ちなみに、手元のペータース版では、Allegro Moderato(4分音符=80/分)、ブライトコップフ版では、Larghetto(8分音符=88/分)、で編者の解釈は全く異なります。シュバイツァーは、遅く弾かなければこの曲の瞑想的な雰囲気は出ない、としています。しかし、シュバイツァーのバッハは、彼自身がオルガン弾きと云うこともあって、どの演奏も総体的に遅すぎ、私には疑問が残るものです。ここで、私は、どちらかと云えばペータース版に近い解釈を採り、かなりリズミカルなフレージングで演奏しました。当然、演奏の際には自分の解釈を優先させて下さい。

●第2番より『クーラント』
クーラントは、走る、と云う意味の動詞から来たもので、従って、曲想も軽快で速いテンポです。この曲もかなり速く弾くのが良いでしょう。遅く弾くと『メヌエット』のような優雅な感じになってしまいます。ちなみに、この曲も『アンナマグダレーナ曲集』にありますが、そこでは後半部が大分短く、フランス組曲中に置くに当たってバッハが少し書き足したものと思われます。

●第2番より『サラバンド』
サラバンドは、大変遅いテンポなので、多くはこの曲のように『深い瞑想的』な曲想になります。あまり気持ちを盛り上げずに、一音ずつ確かめるような感じで弾くのが良いと思います。なお、第5番のサラバンドも参照して下さい。

●第2番より『エール』
エールと云う題名の割には、軽快な感じのする曲で、左右の手のレガートとノン・レガートの対比で弾きます。テンポの設定に迷いますが、私の考えでは、若干速めの方が曲想が取りやすいでしょう。なお、ペーター版では Un poco andante の少し遅めの指示、ブライトコップフ&ヘルテルでは Allegretto commodo となっています。


●第3番より『アルマンド』
非常にさわやかな印象を与える曲想、インヴェンション的な見事なモチーフ処理、でフランス組曲中でも1、2、を争う名曲です。2部形式の後半は、殆ど全て曲冒頭の数音のモチーフの(転回の)展開として書かれており、普通このような作法を採ると、もっと押しつけがましいティストになりがちですが、そのようなところは少しもなく、さわやかな透明感が最後まで維持されており、驚くべきバッハの技量を見せつけられます。

●第3番より『サラバンド』
瞑想的なサラバンドと言うよりは、少しセンチメンタルなサラバンドです。

●第3番より『メヌエット』
メヌエットは2つあり、メヌエット2が「トリオ」となっています。1、2、を続けて弾いた後必ずメヌエット1のダ・カーポして下さい。

●第3番より『アングレーズ』
アングレーズは、読んで字の如く、多少活発なイギリス出身の舞曲です。バッハのこの種の組曲では、伝統的な『アルマンド』『クーラント』『サラバンド』『ジーグ』の枠組みの、サラバンドとジーグの間に、いくつか別種の舞曲(メヌエット、ガヴォット、ブレー、など)を挿入して曲毎に変化をつけており(イギリス組曲では、これに加えて冒頭に前奏曲が配置される)、この一環として第3番では『アングレーズ』が加えられている訳です。

●第3番より『ジーグ』
ジーグは、バッハの組曲の場合よくフーガの形を採りますが、これはそうではなく、2部形式で出来ています。そのせいか、若干曲想が散漫で、捉えにくいように私は感じます。・・で、もしそうならば、ジーグらしい「軽快なテンポで弾き飛ばす」のも一つの手で、こうすることで、如何にもハープシコードらしい、華やかなスピード感のもつ美しさが得られるのではないかと思います。


●第5番より『アルマンド』
第5番ト長調は、フランス組曲中でもひときわ明るく清々しい気分の曲です。第一曲目のこのアルマンドも、明るく優雅で大変に美しい曲であると、私は感じています。余り速いテンポは避けて、落ち着いた感じで弾くとこの曲の美しさが充分ににじみ出てくると思います。

●第5番より『サラバンド』
サラバンドは遅い3拍子の舞曲です。バロック音楽で、特に遅いテンポの場合、付点音符が複付点音符のような感じで多少鋭く弾かれます。この場合、楽譜上とは正確には一致しない事がありますが、それで構わないのです(私自身はそのように弾いています)。又、このような緩やかに歌う曲では、自由に多くの装飾音符で旋律を飾ります。私自身は「アンナマグダレーナの為の〜」に書かれたバッハの自筆からの楽譜(原典版と呼ばれる)を参考にしていますが、もっと自由で良いと思います。

●第5番より『ガヴォット』
ガヴォットは、2拍目にアクセントを持った2拍子の曲ですが、記譜上は1拍目が強拍という約束ですから、これを生かして2拍目から弱起のように書かれることが多いようです。しかし、弱起と云うよりも数え方の問題ですから、軽音楽イディオムの《アフタービート》に馴染んだ人ならば、通常の譜割でアフタービートの曲である、と考える方が理解しやすいかもしれません。どちらにしろ、このリズム上の特徴を生かして弾くのがコツです。

●第5番より『ブレー』
ブレーは、かなり活発な舞曲です。2拍子で書かれ、弱起であることもガヴォットと似ています。ただ、ガヴォットのようにアフター・ビートの感じではなく、弱起部分もガヴォットの半分だけです。

●第5番より『ジーグ』
ジーグは3連系の音型を持つかなり速いテンポの曲です。バッハの組曲の場合、多くはフーガ風の形を採り組曲の最後に置かれるようです。この曲も活発な上に、フーガの主題と応答が次々に声部を変えて出てきますので、指と両手が充分に独立していなければならず、技術的にはかなり難しいです。