バルトーク

【バルトークについて】
B.Bartok(1881〜1945)は、ハンガリー生まれの作曲家ですが、後年ナチス・ドイツを嫌ってアメリカに逃げ、そこで亡くなりました。コダーイとともにハンガリー民族音楽の発掘に力を尽くしたのですが、コダーイがそのまま祖国に残って国家的賞賛を勝ち得たのに比べて薄幸の音楽家でした。しかし、その作品は個性的で、数も多く質も高いので20世紀の大音楽家の一人に数えられています。ピアノが上手かった事もあって、ピアノ協奏曲をはじめ子供の練習曲集である『ミクロコスモス』など、ピアノ作品も良く知られています。


【アレグロ・バルバロ】
『アレグロ・バルバロ』(野蛮なアレグロ)は彼の31歳の作品で、後期の作品のような、音の精緻な組立と云う面での興味には若干欠けますが、打楽器としてのピアノの演奏効果がありいわばステージでのアンコール用に最適と云った曲です。実際バルトーク自身のこの曲の演奏が録音されて残っています。やや難しいですが、弾いていてなかなか爽快感のある曲です。
バルトークは妙な数列(1、1、2、3、5、8、13、・・・)を元に作曲するという、若干偏執狂的なところがあるのですが、この曲でもかすかにその影を見て取ることが出来ます。なお、題名の『野蛮な(バルバロ)』と云う風変わりな形容詞は、当時、ストラヴィンスキーの春の祭典に見られるような、一種のバーバリズムが流行していた、と云うこともありますが、これが作曲された前の年(1910年)に、バルトークが初めてピアニストとして、パリにデビューし、その際『野蛮なハンガリーの若造』と評された事に対しての揶揄的反論とも受け取れます。

【6つのルーマニア・フォーク・ダンス】
バルトークは、一種のナショナリストとしての自覚から、コダーイとともにマジャール系の民族音楽を収集して回ります。この成果の一つが『6つのルーマニア・フォーク・ダンス』です。これらは管弦楽にも編曲され、どちらかと云うと管弦楽曲としての方が有名で、その意味では、シャブリエの「スペイン狂詩曲」に似たところがあります。但し、原曲のピアノはシャブリエとは異なって充分易しく、初級者でも充分弾きこなせる程度のもので、バルトークのピアノ曲に親しむにはもってこいの作品です。

マジャール系の音階は、増4度音を持つのが特徴で、この西欧音階にはない音に関して色々な作曲家が和声付けに工夫をこらしています。ショパンなども民族音楽の『マズルカ』でこの音を使い、結構和声付けに苦労しているところが見受けられます。バルトークは独特のデリケートな和声感覚でこの音を処理しており、彼のユニークな才能が垣間見られます。

1曲毎の題名が付けられていまので、(英語名で)以下に示します:
第1曲「Stick Game」
第2曲「Peasant Costume」
第3曲「Standing Still」
第4曲「Moutain Horn Song」
第5曲「Romanian Gardeb Gate」
第6曲「LIttle One」