L.M.ゴットシャルク

 

【ゴットシャルクについて】
Louis Moreau Gottschalk(1829-1869)は、ニュー・オリンズ生まれのアメリカのピアニスト兼作曲家です。19世紀のアメリカはまだまだ開拓時代の名残を残し、ヨーロッパと比較すると、文化的には程度の低いかなり野蛮な国と見なされていましたし、又実際そうでもありました。従って、音楽の面でもこれと云って目立った作曲家は殆ど見あたらず(フォスターくらい)、その中ではゴットシャルクは貴重な存在です。

大金持ちの家に生まれた彼は、音楽の才能を示したために若くしてパリに留学しますが、最初は「野蛮なアメリカ人には音楽は無理」と云う先入観でパリ音楽院への入学を断られたりしました。しかし、ピアノの腕前はすぐに認められてリストやタールベルクなど当時の匆々たる音楽家に賞賛される程になります。リストとショパンの間に位置するというような評価も得ていたようです。帰国して各地を演奏旅行し、40歳になるまえに南米で急逝しました。

彼の生地であるニュー・オリンズは、ジャズの発祥地と云われるほど元来黒人の音楽が盛んで、ゴットシャルクもこの風土の影響を受けて育った、のような事が云われています。確かにヨーロッパで音楽教育を受けた割にはショパンやリストとは若干テイストが異なり、どこか「アメリカ大衆音楽」風の香りがすることは確かです。しかし、これは「ジャズ又はブルース風のテイスト」と云うわけではなく、どちらかと云えばカリブ海風のテイストに近いものです。後にキューバ出身のピアニスト兼作曲家として、E.レクォーナが現れますが、私にはこのレクォーナの音楽がゴットシャルクを継承しているように思えます。ゴットシャルクの「アンダルシアの想い出」とレクォーナの「アンダルシア組曲」の類似性だけを云うのではなく(但し、これは実際に良く似ています。前者は後者の組曲に含まれる「ギタネリアス」と「マラゲーニャ」をミックスしたような曲です)、もっと全体的にアフロ・キューバン若しくはカリプソ風の香りがすると感じるわけです。


【瀕死の詩人〜The Dying Poet 作品110】
1863年頃に書かれたとされるこの曲は、「最後の望み〜The Last Hope」と並んで彼のピアノ作品中では最も良く知られたものです。曲後半は、右手の旋律が同音連打のトレモロとして書かれ、ピアノと云う楽器の不得手な部分である「持続音による歌い回し」が可能です。この辺りはゴットシャルクがピアノの名手であり、ピアノを歌わせる手法を良く知っていたことが分かります。右手首が疲れますが、頑張って弾いてみましょう。