ヘンデル

【ヘンデルについて】
Georg Friedrich Händel(1685-1759)は、バッハと並び称賛される、バロック末期のドイツ生まれの作曲家です。バッハとは同い年で、生まれた場所(Halle)もバッハの生地とそう遠くはないのですが、この二人は一生顔を合わせる機会がなかったと伝えられています。ヘンデルは1710年にロンドンに旅行し、偶然そこでオペラ「リナルド」を書くことになります。当時のイギリスはイタリア・オペラが大流行中で、ヘンデルの作品は大当たりし、これに味をしめたヘンデルは、数年後に本格的にイギリスに渡り、イギリス王室から年金を受けるようになり、結局亡くなるまでイギリスで過ごすことになります。だから、著名な「水上の音楽」「花火の音楽」「メサイア」「セルセ」等は全てイギリスで書かれた物であり、この辺りから、イギリスではヘンデルを自国の作曲家の一人に数えたりするようです。

ヘンデルは、「女好き」「美食家」「押しの強い性格」など、の豪放なイメージがありますが、彼の亡くなった翌年から次々に書かれた伝記による創作イメージの部分が強く、近年色々と見直されているようです。


【調子の良い鍛冶屋 HWV430】
ヘンデルには二巻16曲のハープシコード組曲があり、この曲はこの第5番ホ長調の最終曲「アリアと変奏」に当たります。何故か昔から大変人気があり、誰がつけたのか「Harminious Blacksmith」の愛称で親しまれています。ただ、演奏テクニック的にはかなり難しく、指先だけで引っ掻くように弾くハープシコード特有のテクニックと、相当敏捷な指が必要です。

※楽譜について
第3変奏、及び第4変奏、はそれぞれ右手、左手、が24/16拍子と云う、現在余り見慣れない拍子記号になっています。3連表記を避ける当時の習慣によるものと思われますが、このサイトの楽譜ではこれを、16分音符の3連とし、4/4拍子に書き改めてあります。


【王宮の花火より ”La Réjouissance”】
「王宮の花火」(Music for the Royal Fireworks")はヘンデル64才の時に作曲された晩年の名作です。1749年の4月、前年に完成した「Aix-la-Chapelle」の記念に祭りが開かれることになり、その祭りの呼び物である「花火大会」の音楽をヘンデルが依頼されたわけです。野外で演奏されることを前提にした音楽なので、当初は大規模な管楽器群とティンパニと云う編成でしたが、祭りに先立つリハーサルでこのヘンデルの音楽は大好評を博しました。ただ、本番の花火大会そのものははどうもうまく行かなかったようで、ヘンデルはこの音楽をコンサートヴァージョンに書き直し、弦楽器パートを加えた形で祭りの一月後に演奏しています。

※編曲について
”La Réjouissance”は、この組曲の4曲目に置かれ華やかなトランペット・サウンドがとても印象的な曲です。私はピアノ連弾に編曲しましたが、原曲のトランペットとティンパニの趣を念頭に置いて華やかな演奏を心がけて下さい。


【水上の音楽より”アリア”】
有名な「水上の音楽」は、ジョージ1世のテームズ川における船遊びの為に書かれたと云うことになっています。ただ、このジョージ1世はヘンデルと因縁のある人で、そのことによってある逸話が(真偽のほどは定かでない)が伝わっています。ヘンデルは元々ドイツでハノーヴァー選定侯の宮廷楽士として務めていましたが、休暇を取ってイギリスに渡りその時自作の歌劇で成功しました。味をしめたヘンデルはその数年後、正式にイギリスに渡りそこの宮廷音楽家となったわけです。いわばハノーヴァー候を袖にしてイギリスを選んだ訳です。ところが、その2年後、アン女王が急死し、こともあろうかヘンデルが不義理をした当のハノーヴァー候ゲオルグ・ウィルヘルムが選ばれて、イギリスの王(ジョージ1世)となったわけです。ヘンデルは面目を取り戻すために、「水上の音楽」を作曲しジョージ1世のテームズ川での水遊びの折りに、ひそかにオーケストラを載せた船を仕立て、これを演奏しジョージ1世のご機嫌を伺ったと云うことです。ヘンデルにはこの種の逸話が多く残されているために、全く信用は出来ませんが「花火の音楽」とならんでヘンデルの代表作である「水上の音楽」が、当時から有名であったことの証でしょう。

※編曲について
ピアノ・ソロ用に編曲しましたが、「水上の音楽」は幾つかの異なった版があり、曲の順序や曲数が一致しません。この有名なアリアも、中間部分の異なった版もあり2曲目に置かれているものや、4曲目に置かれているものなどが存在します。ここではクリザンダー編のものから取っていますが、曲の構造は殆ど変化のない中間部を経てダ・カーポすると云う若干退屈なものです。これに対して終曲のメヌエットから中間部だけを拝借すると云う版もあるようです。いずれにしてもこのアリアはバッハのG線上のアリア(管弦楽組曲第3番)と並び、バロックのアリアとして最右翼の2曲ではあると思います。