F.リスト
【リストについて】
F.Liszt(1811〜1886)は、ハンガリー人(バイロイト生まれ)のピアニスト&作曲家です。とにかく、不世出のピアニストと云われ、名声を欲しいままにした天才です。長命でしたので作品も多く、作曲家としても大物の一人として数えられています。ショパン、シューマンとほぼ同年(1歳下)ですが長生きしたために明治19年まで生き、伊藤博文が訪欧したときに彼の演奏を聞き、「是非日本の音楽学校の先生に」と云ったとか云わなかったとかの(伊藤博文の田舎物根性を揶揄する)エピソードが残っています。
【コンソレーション第3番】
リストのピアノ曲は、さすがに難易度の高いものが多く、素人には手が出にくいのですが、この曲程度ならばそう苦労せずに弾くことが出来ます。人気の高いもう1曲である『愛の夢第3番』となると、格段に難しくなります。

【リストの最初の練習曲集】
リストには、「ラ・カンパネラ」「狩り」等を含む《パガニーニ練習曲》、「マゼッパ」「想い出」等を含む《超絶技巧用練習曲》、「ため息」「森のささやき」等を含む2組の《演奏会用練習曲》など、多くのピアノ練習曲集があります。これらは、演奏テクニック上、いずれも壇上で喝采を浴びるプロの妙技を必要とするもので、アマチュア・ピアニストには(相当達者な人は別にして)しきいの高いものです。
しかし、リストが最初(1827年)に出版した《若いリストによる、全ての長短調の為の48の練習曲集》と云う、長い題の練習曲集は、それほど困難ではなくアマチュア・ピアニストの課題として手頃なものです。その上、この曲集は(実は48曲と銘打ってあるが実際には12曲しか作曲されなかった)後の《超絶技巧用練習曲》の原型となったもので、充分リストの雰囲気を味わうことが出来ます。
●練習曲ニ短調(作品1-4)
後の《超絶技巧〜》では「マゼッパ」となった練習曲です。マゼッパはウクライナの伝説的英雄で、これを描いたユーゴーの長い詩があります。リストは若い頃からマゼッパに興味を示し、このピアノ曲を原型に同題の交響詩も作曲しています。
●練習曲変イ長調(作品1-9)
同じく後の《超絶技巧〜》では、「想い出」に該当する作品です。弾いてみて、「ショパン(のノクターン)風!」と感じられる方も多いかと思います。しかし、それは間違いです。何故ならば、1827年当時ショパンはまだポーランドの片田舎にくすぶっており、リストはショパンの名前さえ知らなかった筈だからです。それにもかかわらず、これがショパン風と感じられるのは、このようなスタイルに関して、ショパン、リスト両者に共通の祖先がいると云うことを示しています。イギリス生まれの作曲家ジョン・フィールド(1782〜1837)がそれに当たります。現在ではフィールドの作品は余り取り上げられず、初心者の「おさらい会」でたまに彼の「夜想曲」が弾かれる程度ですが、当時(フィールドは20歳の時にパリに出てきた)このようなノクターン・スタイルの創始者として一世を風靡していたのです。

【5つのハンガリー民謡】
リストが若い頃からハンガリー音楽に強い興味と関心を持っていたことは良く知られています。彼の代表的な作品である一連の「ハンガリー狂詩曲」は、その見事な結果の一つであると考えられます。ただ、惜しむらくは、彼がジプシーの音楽とハンガリー土着の音楽を混同していたことで、この点、後のコダーイやバルトークなどの成果とは(リストが彼らに大きな影響を与えた事実は別にして)一線を画していると云えます。
この5つのハンガリー民謡は1873年リストが60歳を越えてからの作品で、「ハンガリー狂詩曲」の壮大なピアニズムとは異なり、ハンガリー(ジプシー)民謡のエッセンスを、ごくシンプルな形で短い断片に書きとめた、と云った趣のものです。従って、演奏技術そのものは容易で、「ハンガリー狂詩曲」にはとても手が出ない・・段階のアマチュア・ピアニストにとっても、楽しいレパートリーの一つになるのではないかと思います。
●第1番
最初にLassanと云う指示がありますが、チャルダッシュなどのジプシー音楽の形式の中で最初の部分に出てくるゆっくりした、重々しい感じの舞曲です。どことなく、有名なハンガリー狂詩曲第2番のラッサンを思い出させます。
●第2番
最初に詞が添えてあって、以下のような大意です:
あなたのハンカチはなんと汚れているのだろう、恋人がいないのかも知れないね、私にそれをかしてごらん、すぐにきれいにしてあげよう、そして私があなたの恋人になるんだ・・・・。
●第3番
添えてある詩は:
あなたが去ってしまって、私の人生は何て悲しいのだろう。私のいとしいひとよ、あなたは、私の幸せの星だった。星がなければ夜は何て暗いのだろう。
●第4番
添えてある詩の大意:
たくさんの村や町を探したけれども、私に合う馬車を見つけられなかった。そこで、私は長官の可愛がっていた馬を盗んでしまった。長官様、どうか私の馬を撃たないで・・。
●第5番
これも詞が添えてあります:
森の中で鳩が鳴いている、恋人に帰ってきてくれとないているんだね、私が代わって行ってあげたいけれども、それは無理、私は私の愛のために心がはりさけそうだから・・。
【ラ・カンパネラ】
6曲からなる「パガニーニ練習曲」の3曲目にあたる曲です。パガニーニ(1782-1840)は、当時超絶技巧を誇った有名ヴァイオリン奏者ですが、ヴァイオリンだけでなく、ピアノ奏者にも大きな影響を与え、ラフマニノフの作曲したピアノとオーケストラのための「パガニーニの主題による狂詩曲」は有名ですし、シューマン、ブラームスも彼の曲に素材を得て、練習曲、変奏曲を書いています。ショパンなどもポーランド時代にパガニーニの実演を聞きに行き、その感銘から「パガニーニの想い出」と云う変奏曲を書いています。
リストは、同じ「超絶技巧」のピアノ奏者としてパガニーニを尊敬し、彼の曲を下敷きに6曲のピアノ練習曲を書いたわけです。「カンパネラ」はパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番の最終楽章が原曲で、リストは、これを、ピアノ上で見事な演奏効果が発揮できるような曲に仕上げています。なお、ヴァイオリン協奏曲から素材を得ているのは「パガニーニ練習曲」中「ラ・カンパネラ」だけで、後は「24のカプリース」から素材を得ています。
《補遺》
一般に「パガニーニ練習曲」と云うのは、1851年に出版された「パガニーニによる大練習曲」を指しますが、1838年にやはり「パガニーニによる超絶技巧練習曲」を出版しています。曲目は同じですが、全体に(題名通り)「超絶技巧・・」の方が難しく、しかし、演奏効果は「大練習曲」のほうが良いので、1851年版の方が良く演奏されます。ただ。「ラ・カンパネラ」に関しては、「超絶技巧・・」と「大練習曲」では、かなり内容が変わっており(そもそも調性が異名同音調の変イ短調で記されている)、注意を要します。又、「マゼッパ」などを含む「超絶技巧練習曲」とも混同しないようにして下さい(日本語に訳すと双方とも「狩り」と云う題名になってしまう異なった曲が含まれています)。
【愛の夢第3番】
超有名曲である「愛の夢第3番」は、「愛の夢、3つのノクターン」と題されて発表された3曲セットの、第3曲目に当たります。もともとは、その数年前に作曲されたリスト自身の歌曲で、これを如何にもリストらしい、華やかで、ピアニスティックな形に編曲したものです。リストは自身の作曲も多いですが、他の作曲家の素材を用いて、ピアノ上で展開する形式にもたけていて、多くのその種の作品が残されています。「パガニーニ練習曲」はこの典型ですが、その他「リゴレット」によるパラフレーズや、シューベルトの「魔王」の、やはり同種の編曲作品などは有名です。
【魔王】
シューベルトの同題歌曲の、リストによるピアノ編曲です。「魔王」そのものは、ゲーテの詩による大変ドラマティックな歌曲ですが、これをリストは大変見事にピアノ編曲を施しています。曲は、嵐の中病気の息子を乗せて疾走する「馬車」、「父親」、この息子を狙う「魔王」、「息子」の4つのファクターが組み合わされて成り立っています。速い3連音符の連打がバックにあり、これが風を切って疾走する馬車を表しており、そこに「魔王」の猫なで声、子供の「悲鳴」、息子をはげます父親の声、などが織り合わされて進みます。最後に息子は魔王に奪われて息絶える、と云った設定です。同じようなテーマのムソルグスキーの歌曲集「死の歌と踊り」に比較すると、シューベルトのそれは多少「臭さ」が目立つように私は感じますが、それは若い(18才)シューベルトの力不足であって、曲は昔から名曲として知られています。
【ラコッツィー行進曲】
ラコッツィー行進曲は、ハンガリーに伝統的に伝わる旋律で、愛国の王ラコッツィーが好んだと云うのでこの名が付いていますが、別名ハンガリー行進曲とも呼ばれます。ベルリオーズ(ファウストの劫罰)やブラームス(大学祝典序曲)なども、この旋律を好んで取り入れており、有名行進曲の一つです。リストには、ハンガリー狂詩曲15番と云う、華やかなピアノ編曲も存在しますが、この編曲(S608)の方が弾きやすく、多くの人に楽しんで頂けると考えて、これを採りました。腕に自信のある方は、ハンガリー狂詩曲の方に挑戦してみて下さい。
【ハンガリア狂詩曲】
リストは、ハンガリー民謡を熱心に集め、24曲を「ハンガリー民謡」(5つのハンガリー民謡参照)としてまとめていますが、その素材を今度はリストお得意の華やかなピアノ曲として編曲し、15曲からなる「ハンガリア狂詩曲」に仕立てました。これらの「ハンガリア狂詩曲」は、現在でもピアノ音楽の最高峰として輝いています。15番(ラコッツィー行進曲)を除いて、殆どはジプシーの舞曲である「ラッサン」と呼ばれる遅い部分と「フリスカ」と呼ばれる 速い活発な部分との2部構成になっており、「ツィゴイナー・ワイゼン」や「チャルダッシュ」と同じく、ジプシー的趣向の曲となっています。これは、リストが、ハンガリー土着の音楽と、ハンガリーに住むジプシーの音楽を区別しなかったと云うことであり、後のバルトーク、コダーイらの取り上げ方とは多少位相が異なっています。
なお、これらの内何曲かは、リストの弟子たち(ラフやドップラー)によって管弦楽編曲されオーケストラ曲としても親しまれていますが、やはり原曲のピアノほどの華やかさには欠け、逆にリストのピアニズムの凄さが思い知らされる、と云う結果になっています。
●第2番
第6番とならんで最も有名な曲で、舌を巻くほど華やかなピアニズムに満ち聞く者を圧倒します。当然、弾くのは大変難しく、プロのピアニストがステージ上で喝采を浴びるための曲です。フリスカの中間部には「クシコスの郵便馬車」にも使われているメロディが現れ、ハンガリーの民謡を素材に取った事がよく分かります。