メンデルスゾーン

 

【メンデルスゾーンについて】
Jacob Ludwig Felix Mendelssohn-Bartholdy(1809-1847)は、前期ロマン派を代表する大物作曲家です。生家は父の代に成功をおさめ成り上がった富裕なユダヤ人で、祖父に(カントのライバルだった)哲学者モーゼスがいます。両親とも充分な教養を持ち、4歳上の姉ファニー(右側)も高い音楽的才能を持っていたようで(無言歌集に含まれる曲の多くは姉ファニーの作品であると云う説もあるくらいです)、要するに大変恵まれた環境に育ったと云えます。

ただ、ユダヤ人である事実は何かと影を落とし、20世紀になって反ユダヤの高まったナチスドイツ下では演奏を禁止されましたし、ある種の音楽史家(モーザー)などは音楽史そのものから彼の存在を抹消したりもしました。メンデルスゾーンの後にバルトルディと云う名をくっつけているのは、存命当時から反ユダヤ主義による迫害を恐れて、キリスト教に改宗し名前も変えた事を示し、富裕な家に生まれた神童と云うだけでは理解できない影の部分があることも確かです。彼の音楽が、非常にロマンチックでありながら(例えば彼の親友シューマンのそれと比べると)どこか冷たく醒めた部分を感じさせるのは、この辺に因するのではないかとも思われます。

メンデルスゾーンは、バッハ直系のツェルターに音楽の指導を受けたこともあって、当時忘れ去られていたバッハの音楽に傾倒し、これを再び世に知らしめることに力を注いだ人です。1829年にバッハの死後初めて「マタイ受難曲」を上演指揮したことは良く知られています。作品にもオペラや交響曲に並んで、宗教曲やオルガン曲などバッハへの傾倒を示すものが多く残されています。


【無言歌集】
無言歌集は8巻からなるピアノ小品集で、「Lider ohne Worte〜英語ではSongs without Word」つまり「歌詞のない歌曲」と呼ばれています。チェンバロやクラビコードに代わって当時台頭してきた「ピアノ」と云う楽器の守備範囲として、このような「一人で簡単に弾いて楽しめる小曲」が量産されつつあった時代なのです。音楽で最も大切な要素の一つである「歌う」と云うこと、これを「ピアノ」の上でどのように扱えばよいか、という課題が詰まっているために、初級者の練習素材にもよく用いられます。

●甘い想い出 op.19-1
1830年に出版された、6曲からなる「無言歌集」第1巻の冒頭を飾る曲です。「無言歌集」全般をあまり高く評価しなかったショパンが、これだけは「気にいる」と云ったと伝わっています。メロディとバス・ラインに挟まれた中で、アルペジオが左手と右手の共同作業で弾かれる形で、弾いてみてすぐに分かりますが、別に掲載している姉ファニーの作品4-2とそっくりの形で、無言歌集の多くが、姉の作品であると云った意見も頷けるような気がします。

●狩りの歌 op.19-3
珍しく、メンデルスゾーン自身が題名を付けている曲で、勇壮な狩りの歌です。ピアノ曲で云えば、リストの2曲(パガニーニ、超絶技巧用)、シューマン(森の情景)、チャイコフスキー(12ヶ月集)、などの狩りの歌が思い浮かびますが、メンデルスゾーンのこの「狩りの歌」はもっとも有名ではないでしょうか。狩猟ホルンが鳴り渡り、馬が駆けるひずめの音がこだまします。

●ヴェニスの舟唄 op.19-6 及びop.30-6
「ヴェニスの舟唄」と題される曲は無言歌集に3曲含まれています。いずれも6拍子系のリズムで、どこか哀愁を帯びた美しい旋律がのびやかに歌われています。

●悲しい心 op.53-4
左手で低音、右手で旋律、内声部の和音は左右の手の余っている方が随時受け持つ、と云う典型的な無言歌のスタイルです。他の作曲家、例えばシューマンやショパンがこのようなスタイルを書いても「無言歌風」と云われるほど、メンデルゾーンの無言歌集が広めたピアノスタイルの一つなのです。

●葬送行進曲 op.62-3
無言歌集は、ヴェニスの舟唄の他数曲を除いて、元来題名を持っていません。現在知られる曲毎の題名の多くは、売り上げを狙って出版社が適当に付けた題名です。しかし、この曲は全く題名通りの「葬送行進曲」で、実際の葬式にもよく使われるようです。《結婚式と葬式はメンデルスゾーン》で、と云う人も多いのではないでしょうか。

●春の歌 op.62-6
無言歌集と云うよりもメンデルスゾーンの全作品の中で、真夏の夜の夢の「結婚行進曲」と並んで最も知られたものであろうと思います。しかし、誰がつけたのかは知らないが「春の歌」とはぴったりの命名です。


【7つの性格的小品 op.7より】
1827年、メンデルスゾーン18歳の時に刊行された小品集ですから、かなり初期の作品です。同じ頃の有名なピアノ作品として「ロンド・カプリチオーソ」がありますが、これとは異なって、かなり内省的な曲想でポリフォニックな書法のものが多く、バッハの影響を直接に感じさせる小品集です。

●第1番 ホ短調、第6番 ホ短調
第1番は「Sanft, mit emphindung(優しく、感情を込めて)」、第6番は「Sehnsüchtig(憧れ)」と云う題が付されており、2曲とも内省的な美しい曲です。全体にポリフォニックな書法で書かれていて、バッハの平均律曲集の前奏曲(のいくつか)を思わせます。極めてロマンティックな情緒が盛られている割には、どこか整然としたものが感じられ、情熱と冷静さを常に併せ持っていたメンデルスゾーンの特徴がすでによく現れています。


【その他の小品】
●歌の翼に
大変良く知られた、メンデスルゾーンの歌曲(6つのリード作品34より)をピアノ用に編曲しています。ハイネの詩によるもので、歌い出しは「歌の翼にのせて、お前をガンジスの川岸に連れて行こう。僕はそこに素敵な場所を知っている・・」と始まる、大変「優しい」歌です。MIDIデータはメロディ部分だけ別チャンネルに置いていますので、適宜メロディをミュートして、歌の伴奏カラオケとしてもお使いいただけるかと思います。

●ロンド・カプリチオーゾ 作品14
メンデルスゾーン初期のピアノ作品として大変有名ですが、多分、姉(ファニー)の作品でしょう。大変技巧的なピアノ作品で、ウエーバーやフンメルを思わせる、華やかな演奏効果を持っています。ただ、同じ頃の作品「7つの性格的小品」と比べれば、余りに書法とテイストが違いすぎます。曲はホ長調のゆっくりした序奏に、リズミカルなホ短調のロンドが続きます。指は相当難しく、発表会などの演目によく取り上げられる作品です。

●真夏の夜の夢より「結婚行進曲」 作品61
「真夏の夜の夢」はシェイクスピアが書いた、妖精と人間の織りなす幻想的なドラマですが、メンデルスゾーンはこれに13曲からなる劇音楽を付けました。この最後の方で、演奏されるのがこの結婚行進曲で、ワーグナーのローエングリンで演奏される「婚礼の合唱」と並んで、結婚式の音楽の定番となっています。

《楽譜について》
適当に管弦楽譜からピアノに直しました。管弦楽からの編曲は、必ずしも楽譜通りに弾かなくても構いません。弾きにくい所は適当に改造して弾いて下さい。実際に結婚式で弾かれるときは、中間部分を省略して弾いた方が良いかも知れません。

●「庭の千草による」幻想曲作品15
「庭の千草も虫の音も絶えて久しくなりにけり・・」で知られる歌の原題は「夏の最後のバラ〜The Last Rose of Summer」で、この曲はこれにもとづく「幻想曲」となっています。もとづくと云っても大変自由な扱いで、最初に一節「庭の千草」が奏されると、すぐに(雰囲気、旋律ともにあまり関連のなさそうな)プレスト・アジタートの短調部分に突入し、大変内容豊かに進んで行きます。やや散漫と云ってしまえばそれまでですが、内容は結構面白く、演奏効果もあります。一つ前の作品番号を持つ「ロンド・カプリチオーゾ」より数倍弾きやすいのがうれしいところで、中級程度の腕前の方にはちょうどピッタリの作品です。


【ファニー・メンデルスゾーンの作品】
フェリクスより4歳上のファニーは、弟に勝るとも劣らない音楽的才能を持っていたようです。しかし、当時のこの階級の価値基準として、女性が職業的作曲家になることは考えられず、画家のヘンゼルと結婚し穏当な家庭生活を営んだ為に生前その作品が公になることは殆どありませんでした。ただ、フェリクスは姉の才能に一目置いていたようで、音楽上の様々なことに関し、常に姉に相談しアドヴァイスを求めていたようです。

1847年、奇しくも同じ年に、同じ様な病気で、姉弟とも突然亡くなりましたが、1997年が姉弟2人の死後150周年に当たることで、あらためてファニーにも脚光があたり、その結果姉ファニーに多くの作品が残されていることが分かってきました。又、弟フェリクスの作品中にも姉が弟の名前で書いたのものが含まれるのではないか、とも云われるようになったわけです。

●メロディ op.4-2
嬰ハ短調で書かれた短い作品ですが、美しく端正なメロディで、姉ファニーに充分な才能があったことが窺えます。総体にフェリクスのピアノ作品よりも、ピアノ自体が良く響くように構築され、少なくともピアノに関しては弟を凌ぐ腕前を持っていたのではないかと思わせるような曲です。

※楽譜について
楽譜は、私が耳コピーして作製したものです。従って、フレージング、表情記号、ビーミング等、は原譜と異なるかも知れません。その点ご承知置き下さい。多分ビーミングは、無言歌集の1番(甘い想い出)のように書くのが正しいのでしょう。