モーツァルト
【モーツァルトについて】
Wolfgang Amadeus
Mozart(1756〜1791)が、ヨーロッパでこれほどまでに神格化された作曲家となっている理由は何でしょう。彼は、幼いときから楽才を示したために、(しがない二流音楽家であった)父親の期待を一身に背って各地を回らされ、疲れ果てて短い一生を終えたと言うような印象を私たちに与えています。
モーツァルトは、存命中に音楽家としての名声はあり、それなりの評価も得た割には、決して幸せな亡くなりかたではなく、共同墓地に捨て去るように葬られています。18世紀は、音楽家を含め芸人一般ががその「芸」だけを身過ぎ世過ぎとするのは不可能な時代であったと云ってしまえばそれまでですが、彼の悲惨な亡くなり方は、現代に於けるモーツァルトの名声と地位とは大きくかけ離れています。私には、このギャップが、ヨーロッパ全体が生前のモーツァルトに対する仕打ちを深く悔いている証であるように見えます。つまり現在の「神格化」の理由の一つは、共同墓地の墓穴に彼を投げ込ませた「罪の意識」の現代に於ける「反動」と云うわけです。この「罪の意識」は、言い換えればモーツァルトに対する共感でもあります。彼の死から100年以上経って、はじめてヨーロッパはモーツァルトの音楽に、真のモーツァルトを見いだしそれが自分たちの問題として共感できることに気がついたのではないでしょうか。
モーツァルトの時代は、フランス革命前夜であり、ヨーロッパ全体にその後100年以上続く不気味な「変動」のエネルギーが漲っていた特殊な時代であると、見ることが出来ます。モーツァルトは、その特別の時代に降り立った悲運の天才であるとして、とらえるのが一般的です。彼にそのような時代を見通せる教養と見識が備わっていたとは考えられませんが、しかし、天才独特の鋭敏な直観が、これらの事象を反映しその音楽に一種独特の、色合いを与えているように見えます。H.ゲオンが「モーツァルトとの散歩」の中で、ニ長調のフルート四重奏曲(K.285)と晩年のト短調の弦楽五重奏(K.516)の第1楽章に対し、『それはある種の表現しがたい苦悩で、駆けめぐる悲しさ(tristesse allante)、言い換えれば爽快な悲しさ(allègre tristesse)とも云えるテンポの速さと対照をなしている・・・』と評したモーツァルト独特の陰影の源とも考えられるのです。この「疾走する悲しみ」と云う表現は小林秀雄も引用し、モーツァルトのキーワードのようになっています。
彼は、35才で夭逝しましたが、天才の証明として、実に数多くの作品を残しました。それらの多くは(多少皮肉が混ざっているにせよ)軽妙で、明るい曲想を持っています。しかし、ごく希に彼が見せる悲しみは、ぞっとするほど深く(例えばフィガロの中のバルバリーナのカヴァティーナ、ピアノ協奏曲23番の2楽章など)、彼の心の深淵を窺わせることがあります。そのような位相で眺めたときに、例えばニ長調のフルート四重奏曲の明るさが、妙に白茶けて、ある時写真のネガ・フィルムのように反転しきわめて純粋な「諦観」のようなものを私たちに示すことがあります。
1787年4月、モーツァルトが父の重態のの知らせに対して書いた有名な返信には、次のような文言が見えます:
『ここ数年僕はこの真実の最上の友(死)にすっかり馴れ親しんでしまったので、・・・・それは大いに心を静め慰めてくれます。・・・僕は、おそらく明日はこの世にいまいと考えずに床についたことはありません。しかし、僕を知っているものは、誰一人として、(僕が)陰気だとか悲しげだとか云えるものはいないはずです。僕はこの幸福を毎日神に感謝し、だれしもがこの幸せに恵まれるよう心から祈っています。』
この箇所は、やや大袈裟に取り上げられ、モーツァルト芸術の秘密であるかのように云われてきました。考えようによれば、これは(死期の迫った)父親に対する単なる「慰め」の言葉ともとれるわけですが、ただ、ここに示されたような、ある種屈折した人生観がモーツァルトにあったことは事実であろうと思います。ある種の「諦観」とも考えられるものが彼の中に存在し、これが彼の音楽の「純粋」性の色付けに寄与している事は考えられます。ショパンが臨終の床で、「私ものよりもっと純粋なモーツァルトを」望んだと云う話しが伝わっていますが、この純粋とはモーツァルトの音楽に含まれる独特の「諦観」であると考えることもできるのです。
【モーツァルト:トルコ行進曲】
初心者レパートリーの定番である「トルコ行進曲」は、イ長調のピアノソナタ(K.331)の最終楽章に含まれています。オスマントルコ帝国の勢力が盛んであった頃は、ウィーンにもオスマンの軍隊が闊歩し、この軍楽隊の独特のサウンドに魅せられて「トルコ風」な曲を書いた作曲家が多かったようです。モーツァルトもその例の一つで、それを自作のピアノソナタの最終楽章に当てはめたわけです。なお、「行進曲」と云う名称は原題には含まれず「トルコ風ロンド」となっています。
【モーツァルト:フィガロの結婚より「バルバリーナのカヴァティーナ」】
オペラ”フィガロの結婚”の第4幕最初に歌われる、小間使いバルバリーナのカヴァティーナ「失くしてしまった、どうしよう」のピアノ編曲です。フィガロの結婚は総体に明るい曲が多いのですが、その中に混じって、特異な感じのする曲です。しかし、旋律は極めて美しく、短いながら強い印象を与えます。モーツァルト自身この旋律が気に入っていたと見え、ピアノ協奏曲第18番の第2楽章にも、この旋律を使っています。近年、ピランデルロの原作をタヴィアーニ兄弟が映画化した「カオス・シチリア物語」では、このカヴァティーナがオムニバス最終篇で、執拗に流れ、非常に印象的でした。
《楽譜について》
楽譜は、私が編曲したものです。原曲を知らないと、バックのオーケストラ伴奏の部分とバルバリーナが歌う部分とを見分けるのが難しいと思います。大変美しい歌ですので、一度原曲をお聴きになって下さい。
【第14番:モーツァルトK545】
モーツァルトは多くのピアノ・ソナタを残しましたが、このハ長調ソナチネはトルコ行進曲付きのソナタ(K.331)と並んで最も良く知られたものの一つに数えられます。演奏技術が平易な為にソナチネ・アルバムに掲載されていますが、美しさは他の立派なソナタに少しも劣りません。特に第1楽章は形式的にも良くまとまり、透明感のある美しさを醸し出しています。
なお、モーツアルトのピアノは現在のような完成されたアクションを持った大型のピアノではありません。従って、余り極端なダイナミクスの変化等は似合わず、やや平坦な演奏の中でこそ生きてくる音楽です。とりわけ第2楽章等の緩徐楽章は、充分なテンポの揺れや自由につけ加える装飾音等の、タッチの強弱以外の要素で表現するのが演奏のコツかと思います。
【ロンドニ長調:モーツァルトK485】
ソナチネアルバムには、純然たるソナチネ形式の他に手頃なピアノ小品がいくつか付録として付いています。この曲はその一つですが、付録と云うよりは立派な一曲で、演奏にも相当な技術を必要とします。モーツァルト30歳頃の作品で「ロンド」と云う名前ですが、典型的なロンド形式ではなく、かなり自由な形をとりソナタ形式のような展開部も見受けられます。冒頭のテーマは何度も形を変えて現れ、円熟したモーツァルトの作曲技法が伺えます。
【キラキラ星変奏曲
K265】
有名な、旋律による12の変奏曲です。この旋律はフランスの民謡で、本来の題名は「私に貴女をママンと呼ばせて」と云うものですが、英語歌詞の「Twinkle
twinkle little
star」の方が有名で(こちらの方が他愛のない歌詞だから)、一般には「キラキラ星」で通っています。モーツァルトの変奏曲は、基本的には技巧的なもので、ゴチャゴチャと飾り立てる事を身上とします。その意味では、モーツァルトのピアノ技法が良く出ていてソナタなどよりも面白いと云う面があります。