D.スカルラッティ
【スカルラッティについて】
Domenico
Scarlatti(1685-1757)は、バッハ、ヘンデルと同い年のイタリア生まれの作曲家です。父アレッサンドロも著名な音楽家でしたので、小さい頃からアレッサンドロに音楽教育を受け、16歳の時にはすでに、父が楽長を努めていたナポリの宮廷オルガニスト兼作曲家に任命されています。30歳を越えてから、彼はポルトガルの宮廷に招かれ、そこでポルトガル王女の音楽教育を受け持つことになります。1729年にこの王女がスペイン皇太子と結婚するに当たっても、この王女に付き添う形でスペインに赴き、結局最期までスペインで過ごし、1757年にマドリッドで没します。彼の作品は、スタバート・マーテルなど若干の教会音楽を除き、その殆どは鍵盤楽器、特にチェンバロ用のソロ曲で占められています。500曲を優に越えるそれらの作品は、現在ロンゴ或いはカークパトリックによって整理され、それぞれL100、とかK200、とかの整理番号で呼ばれます。ただ、このL番号とK番号は何の関係も無しにつけられていますので、ちょっとややこしいです。
【スカルラッティのソナタ】
スカルラッティの作品には「ソナタ」と呼ばれるものがその大勢を占めますが、モーツァルトやベートーヴェンの古典派ソナタとは別物です。元来ソナータはカンタータ(声楽曲)に対する器楽曲程度の意味で呼ばれた名前で、私たちが現在その名前で連想する4楽章制のものは古典派以降に完成されたものだからです。スカルラッティのソナタは殆どが1楽章制で、古典派ソナタの第1楽章に用いられる「ソナタ形式〜ソナタ・アレグロ形式」も使われていません。その殆どは、リピートを持つ二部形式で第1主題第2主題と云った対比的な構成とも無縁です。ただ、幾つかの曲では、前半の部分で5度関係の二つの主題が現れたりして、ソナタ形式の萌芽状態とも考えられています。
スカルラッティのソナタはバッハなどの対位法を中心とする鍵盤作品とは少し異なり、バッハ、ヘンデルと同年代でありながらホモフォニックな書法が目立ちます。このために、鍵盤演奏テクニックは当時としてはかなり斬新で、大きな跳躍やオクターヴの連続など後のピアノの演奏テクニックを思わせるものが多く含まれます。このために、19世紀ピアノの時代になってスカルラッテイの鍵盤作品は新たに見直されることになり、「ピアノ」上で演奏される作品として日の目を見ることになったわけです。ブゾーニ、タウジッヒなど当時の名ピアニストがスカルラッティの作品を見直し、ピアノ上で弾けるように手を加えた楽譜が出版されました。ただ、他のバロック鍵盤曲と同じく「原典」と呼ばれるものには詳しい演奏の為の情報が書き込まれておらず、初級者が原典版だけを見て弾くことには相当困難なものがあります。又、同じ理由から現在も多くの「編集版」楽譜が存在し、曲によっては「調性」さえも変更したものが含まれます。しかし、中級者にとってはこの状況は「結構おいしい」わけで、楽譜にへばりついて弾かなくとも良い、と云う意味でピアノ(鍵盤楽器)本来の自由さが満喫できて面白いレパートリーでもあるわけです。
《楽譜について》
アーティキュレーション、表情記号など全て私の解釈で書き込んでいます。音符に関して、よく使われる「リコルディ版」とは異なっている部分がありますので、楽譜自体に【注】書きしてあります。
●L.23(K.380)
ホ長調
「行列」と云うあだ名の付いたソナタで、リズミカルな第2主題が特徴的です。リズミカルと云っても大変優雅な気品に満ちており、深刻で濃いバッハとは随分テイストが異なっています。個人的にはスカルラッティの数あるソナタの中で、私が一番気に入っているものの一つです。
●L58(K.64)
ニ短調
見開きで終わる簡易なソナタです。スカルラッティのソナタにはこの程度の単純なものが多く、指のテクニックだけに着目すると、初級で充分こなせるレヴェルのものが結構含まれます。典型的な二部形式で、前半は属調に終止し、後半は「転調部」が入ってから主題に復帰して終わります。スラーやアーティキュレーションなどは全て私の判断で書き込んでいますから、こだわらずに自身の解釈で弾いて下さい。
●L104(K.159)
ハ長調
スカルラッテイのソナタでは最も有名なものの一つではないかと思います。ホルン五度で始まり、軽やかな6/8拍子ですから「狩り」と云うあだ名がついています。見かけ上は二部形式なのですが、よく見ると前半がハ長調(第1主題)-ト長調(第2主題)、後半がハ短調(展開部)-ハ長調(第1主題)-ハ長調(第2主題)となっており、古典ソナタ形式の萌芽のようにも解釈できます。このような二部形式が、C.P.E.バッハに受け継がれハイドンにいたって古典ソナタ形式が完成されていったのでしょう。
●L.413(K.9)
ニ短調
有名なソナタで、タウジッヒ編曲によるとこれをホ短調に書き直し(若干音を加え)た上に「田園」と云う題名をつけています。演奏は簡易ですが、幾度も出てくるトリルがのどやかにきれいに弾けなければなりません。速く弾く必要はありませんので、「田園」から連想される鳥のさえずりのように軽やかに演奏して下さい。