スクリアビン
【スクリアビン】
A.Scriabin(1872〜1915)は、ロシアの作曲家、ピアニストです。『法悦の詩』『プロメテ』等の交響曲(詩)を含む管弦楽作品も知られますが、彼自身が優れたピアノストであった為に、作品の割合はピアノ曲が圧倒的に多数を占めます。同様のピアニスト兼作曲家のラフマニノフとはほぼ同年齢で、モスクワ音楽院では同級生でしたが、ラフマニノフが良くも悪くも『伝統的な』音楽の枠にとどまり続けたのに対し、スクリャビンは独特の前衛的なサウンドを作り出し、独自の音楽世界を生み出しました。
独特のサウンドは、彼の場合、独特の『和音』を偏愛した事によってもたらされています。この和音の内容は、要するに5度の半音下行変質した『属9和音』なのですが、この種の和音に含まれる2種類の『3全音音程』の調的曖昧性、と『9の和音』特有の『濃い』響きとによって、一種の神秘的な雰囲気を醸し出します。後年、彼自身がこれを『神秘和音』と呼び、曲想も一種の『神秘主義』に耽るものとなりました。この神秘主義傾向が、第一次大戦前夜の世界にうまくマッチしたのでしょう、彼の音楽はその時期に世界的な流行となったようです。
【作品:前奏曲】
彼の作曲の中核をなすピアノ作品は、10曲の『ソナタ』の他、『練習曲』『前奏曲』『詩曲』『マズルカ』等ですが、この中で『前奏曲』は1曲が短いこともあって、全部で85曲と数では多数を占めています。その中で、作品11の『24の前奏曲』はショパンにならって、24の調性1曲ずつにあてはめたものですが、残りの60曲余りは数曲ずつかたまって出版されており、作曲時期もほぼ彼の全時代にまたがっています。従って、これらは、10曲のソナタと同様、彼の作風の変遷を見るにはうってつけのジャンルであるといえるでしょう。
●作品2-2
作品2は「3つの小品」と題されるもので、第1曲「エチュード」、第2曲がこの「前奏曲」、第3曲「マズルカ風即興曲」となっています。スクリアビンの数ある前奏曲の出発点と云うわけです。
●作品9-1
作品9は「左手の為の2つの小品」と題され、「前奏曲」「ノクターン」からなっていて、副題の通り左手だけで演奏されます。ラヴェルの協奏曲を筆頭に、世に「左手の為の」ピアノ曲は結構存在します。基本的には、19世紀から20世紀にかけての《ピアノ名人芸》傾向を象徴的に表す作品群です(ラヴェルはちょっと異なりますが)。ただ、この曲はそれらの中にあっても、結構弾きやすく、中級程度の方の良いレパートリーになり得ます。手を目一杯拡げて弾くと云う動作は、指の良い練習になりますので、練習曲としてお使い頂いても面白いかと思います。
《運指》
スクリアビンのピアノ作品は、どれも作曲者自身の運指が示されていません。この曲に関しては、私がかなり詳細に運指を打ちました。手の個人差によっては多少異なるかとは思いますが、大体こんなものではないかと思います。参考になさって下さい。
●作品22-1
作品22は、作風的には前期に属する作品で、曲想は完全にショパン風です。全体に彼のピアのテクニックはリストの影響が濃く、広い音程や、跳躍が目立ち大変弾きにくいものが多いのですが、『前奏曲』と云うジャンルでは1曲が短いこともあって、それほどの困難はありません。
●作品22-2
ゆったりとしたテンポで、瞑想的な旋律が歌われる美しい佳曲です。半音階的に変化する内声にスクリアビンの行く方向がほの見えています。

●作品22-3
明るく、清々しい感じの3拍子です。右手に5連、3連、2連、の連符が自在に混ざり、優雅で流れるような美しさを出しています。
※(ダウンロード用の)楽譜につけた運指は私が付けたものです。一般にスクリアビンの楽譜のには作曲者自身の運指が指示されておらず、指使いは自分で考えなければなりません。
●作品31-3
ショパンの同調性(変ホ短調)前奏曲を思わせる曲想で、不安な感じの速い右手5連符パッセージが動き回り、アッいう間に終わります。最後は「tragico〜悲劇的に」と表情標語が書き込んであります。

●作品74-5
作品74はスクリアビン最期の作品です。この頃には独特の『神秘主義』的表現を確立しており、この曲も短いながらその特色が充分に現れています。曲は『神秘和音』のオンパレードで、聞く人によっては、この同種の濃い響きが連続する単調さに耐えられない場合もあると思われます。しかし、この単調さが神秘(?)なのです。

【練習曲】
スクリアビンには、「12の練習曲」作品8、「8つの練習曲」作品42、その他を合わせると27曲のピアノ練習曲があります。いずれも難易度が高く、高度な練習曲です。なお、楽譜中の「運指」は全て私がつけたものです。手に合わない場合、適当に変更して下さい。
●作品8-12
大柄なピアノが豪快に鳴ってくれる練習曲です。スクリアビンは後期には独自のサウンドを編み出しますが、この辺りの曲は、音楽院の同級生ラフマニノフと区別がつかず、知らなければラフマニノフの作曲だと云っても一向に不思議ではない感じです。発想標語には「悲劇的に」とあり、広い左手の伴奏に乗って、オクターヴで奏される「悲劇的な」旋律が歌われます。
●作品42-2
左手が、半拍ずれた5連音符で全体を流れるように走り、その上にメランコリックな旋律がのっかっています。楽譜の見かけはゾッとしますが、弾いてみると案外やさしい。5本の指で弾く5連符は、道理にかなっているのでしょう。
●作品42-3
大変速いトリルのようなパッセージが左右交互に現れます。一応嬰ヘ長調の調号が付いていますが、半音階的で、聞いた感じは無調に近く、スクリアビンが独自のサウンドを形成し始めたことがよく分かります。