ショパンの和声

【はじめに】
ショパンのノクターン嬰ヘ長調作品15-2の和声分析を中心にして、彼の和声の特徴やこれに対する私の感想などを書いてみたいと思います。今回は、和声法やコード進行法に不慣れな方々にも読んで頂けるように、かなり詳しく和声の基本的知識も同時に説明して行きます。だから、これをコード進行入門としてお読みいただいても面白いかと思います。このエッセイを書こうかなと考えたのは、既に出している「ジャズから見たトリスタン和声」の内容が難しすぎるとのメールを沢山頂いたことがきっかけで、そのために少し詳しい説明をつけることにしました。ただ、基本的な知識の多くは、リンクをクリックすると別窓で開くようにしましたので、和声に充分習熟されている方は、ショパンの和声に関する私の「感想」として、本文だけを流し読みして下さい。なお、引用した曲でHP上に掲載しているものに関しても、出来るだけリンクをつけました。リンク下線をクリックして貰うと、該当ページが別窓で開きます。適宜耳で確認し、「ああこの曲か」と確かめながらお読み下さい。

 

§1 ショパンの和声の概観

[1-1]ショパンと対位法

ショパンはポーランドの音楽学校時代から、とりわけバッハに強く影響されたと云われています。彼がフランスに来てからの生計の基である「ピアノ・レッスン」でも、彼が用いるその基本的な教材は、バッハの平均律曲集(とクレメンティの29番〜クラドゥス・アド・パルナッスム)でしたし、ショパンはバッハの平均律の殆どを暗譜で弾くことが出来たとの証言も伝わっています。彼の学生時代の習作であるピアノ・ソナタ第1番も一目で分かるように、そのテーマはバッハのインヴェンションからとられています(2声第2番ハ短調)。

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ところで、このバッハの影響は、同世代のメンデルスゾーンやシューマンと異なり、大きくは「演奏技法上」の影響で「作曲上」は殆ど影響を受けていないように思えます。つまり、バッハの作曲技法の中心である「対位法」的な作品はショパンの場合殆ど見あたらないわけです。例えば後期のマズルカ嬰ハ短調(作品63-3)の終わりや、夜想曲ホ長調(作品62-2)などでカノンの技法を取り入れようとした形跡が見受けられますが、全体の中ではごく小数で、殆どは和声的な作品です。例外的なものとして「フーガイ短調(B.Index144)」が残されていますが、これは彼が30才を越えてからケルビーニの教材を使って対位法の勉強をした副産物であり、作品としての価値は殆どありません。

 

[1-2]ショパンと和声

対位法に比べてショパンは和声の工夫には積極的だったようです。一般的に云って、ロマン派の多くの音楽家は和声の拡張に熱心です。ワーグナーの「トリスタン」は云うまでもなく、シューベルトやブラームスに見られる、独特の隔たった調への転調感覚、スクリアビンのユニークな和音組織など、最終的には調的安定性が大きく揺らぐほどに和声の概念を拡張して行きました。なお、和音の基本的な知識についてはこちらを見て下さい。

この詳細は後に見ることとして、ショパンの音楽が和声的だったことの理由の一つは、彼の作曲態度に関連があるように思われます。つまり、ショパンの作品の多くがピアノ上で即興的に演奏されたものを元に作られていると云うことです。実際に彼は即興演奏が得意だったようで、その素晴らしさについて多くの証言が残されています。無論、全ての作品がそうであったわけではなく、又、即興演奏により素材が形成されたにしろ、後に、念入りな推敲が施されてから出版作品となるわけです。しかし、例えばワルツのような「軽い」作品には、曲の構造にその痕跡が残っており、中には即興演奏をそのまま書きとめたと思われるような草稿(例:作品69-2)も残されています。例えば、遺作の変ト長調(作品70-1)変イ長調(B.Index=21)では主部分の左手は、殆どTとXだけで出来ており、その上に右手の華麗なショパン風フィギュレーションが展開すると云う趣向で仕立てられています。これは、伴奏の和声を手抜きした、と云うよりも即興演奏時のポイントを、ほぼ右手のフィギュレーションに集中させることが出来るように配慮してあると解釈するのが正しいのではないかと思います。

《もう少し詳しく見ると》
変ト長調では最初の32小節の内前半16小節が変ト長調のTとX、後半の16小節が(属調である)変ニ長調のTとXだけで済まされています。変イ長調では最初の32小節が〜半終止および完全終止のカデンツ部分にUが使われる以外〜変イ長調のTとX、次の16小節が(平行短調である)ヘ短調のTとX、再び16小節が変イ長調に戻ってTとX、トリオは(下属調である)変ニ長調のTとX〜これには完全終止のW或いはUもなし〜で徹底されています。

興味深いのは遺作のホ短調のワルツで、主部の26小節目から同じバスの上に、異なる右手があてがわれていることです。

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これらから推測するに、おそらくショパンは左手伴奏のコードを念頭におき、これに従って右手のフィギュレーションを即興的に当てはめていったのではないかと思われます。これは、同じ即興演奏でもバッハのやり方とは相当異なっており、むしろジャズなどで行われるコード進行をもとにしたアドリブ演奏の手法に似ています。実際に弾いてみると、確かにショパンはある種の曲をこの方法で作っており、彼独特の「演奏=作曲」手法があったと云うことを実感的に理解する事ができます。

ワルツと異なって、ノクターンのような比較的テンポが遅い曲では左手の和声は随分と精緻に組み立てられており、TとXだけと言うような粗っぽいものはさすがに見あたりませんが、しかし、後で見るように、やはり基本的にはTとXで出来たコード進行を、様々な手法で細分化し装飾しているケースが目立ちます。考えてみれば、モダンジャズはショパンより約100年遅れて、同じようなコード細分化の手法を取り入れたわけで、即興演奏とコード進行の扱いと云う面をとおして、両者には一部分相通じるものを見て取ることが出来ます。

 

§2 コード・ネームと和音記号

和声を分析するにあたって、ここではコード・ネームと和音記号の両方を使います。コード・ネームというのは演奏のための簡便略記法で、和声分析などと云う用途には使いにくいのですが、表記の意味が単純で使い慣れている方も多いと考えて、ここでは両方を混ぜて使うことにしました。ただ、その前に両者の違いをまとめておきます。

[2-1]調性

まず、コードネームはその調性を考えなくても表記できます。これに対して和音記号は調性を決めなければ表記することが出来ません。和音記号はその調の主音をTと数え、順にU、V、・・と度数で和音の根音を示します。調性は、必ずしも調号で示されたものではなく、各部分が属する調性をもとにします。だから、次のような例では:

ノクターン 作品27-1

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調性記号は変イ長調を示していますが、このパッセージがハ長調であることを考慮して、和音記号ではT-X-Tと示します。但し、そのためにその部分の「調性」を添書することが多いです。

[2-2]変化和音

コードネームは、基本的にそこにある音を、和音の構成音として過不足なく拾い上げて行くだけのものですから、変化和音と云う概念は苦手です。コードネーム式の理解を持っている人は、変化和音というと(b5)や(#11)などの変質音を含んだ和音のことだと思うかも知れません。そうではなくて、例えばハ長調のU度の和音を例にとりますと、以下のような変化があり得ます。
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ハ長調のUの和音のもとの形は「レファラ」、コードネームで書くとDmと云うことになります。しかし、その他、楽譜例で示したように「レ」を根音として持つ全ての和音を「Uの変化」として捉えます。しかも根音「レ」は、「理念的に」存在してもかまわない訳で、上の(d)〜つまり増6の和音〜や(e)〜つまりナポリの和音〜もUの変化和音として捉えるのです。

《異名同音の識別》
厳密に云えば(d)の3番目の和音はAb7ではありません。Ab7ならば一番上のF#音はGbでなければならないからです。しかし、コード・ネームではこのような異名同音の違いを正確には表記できません。このあたりも、コード・ネームが和声分析に向いていない理由の一つです。

例えば(c)はコードネームで書くとF#dimですが、これはU度音「レ」を根音として作られた短属9の和音(左側に示したもの)=D7(b9)の根音が省略されたもの、と考えるわけです。(d)も同様の変化で、昔からある「増6」の和音ですが、やはり左端の形を原型と考えてUの変化と見なします。(e)はナポリの和音ですが、この和音は多く第1転回型(6の位置)で使われるために、根音自体が変化したように見えますがやはりUの変化と考えます。

《ナポリの和音》
(1)はハ短調のU、(2)はその第1転回型、(3)はソプラノが半音下降変質した形(これをナポリ6=N6の和音と言います)、(4)はそれを基本形に直したもので、コード・ネーム上は根音=Dbに見えます。
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実際の曲では次のように現れます(アルビノーニのアダージョ):
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このような変化和音の場合、どのように原型のUの和音が変化しているか(つまり、どの音が加わり、又は半音変質し、どの音が省略されているかなど)を細かく書き表す和音記号もありますが、ここでは煩雑さを避けるために詳細は記さず、変化した(altered)の文字を添え、全てU(alt)と書くことにします。このようにしますと、例えばAb7がハ長調で現れた時には和音記号で書くとU(alt)で一目瞭然にD7と同じであることが分かります。これらU(alt)はコード進行上は本来のUと全く同じように理解することが出来ますので、和声分析を行う上では大変合理的な表記方法です。これをコード・ネーム式に考えると、とても煩雑でぞっとします。

《変化和音の略号》
なお、このU(alt)式のような表記はシェーンベルクの方式を参考にしていますが、シェーンベルク自身は(alt)ではなく、小さな横棒を引っ張って のように記しています。

実は、このような「変化和音」の考え方は、コード進行をすっきり理解する上ではとても大切なポイントです。コード・ネーム中心にコード進行を理解してきた方の中には、本来「進行」とは呼べないもの、例えば単なる和音の「列挙」に過ぎないC→C+→C6 などを「進行」とみなして、コード進行を必要以上に煩雑化して捉える傾向があるからです。これについては補遺を書きましたので、必要に応じてお読み下さい。

 

§3 ノクターン嬰ヘ長調の和声分析

まず、全曲にコードネームを付けた表を準備しました。必要に応じてダウンロードし印刷して下さい。

[3-1]半音下行したY度音〜短調長調の混交

最初は、XとTとの交替で入るおだやかなメロディです。ただ、ちょっと気になるのは4小節目の右手D音です。
1回目にはなかったこの音が2回目には加わって「5連符」になっています。

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このD音は嬰ヘ長調の固有音ではなく、固有のY度音であるD#が半音下行変化したもの、或いは同名短調である嬰ヘ短調からの借用音と考えられます。この曲に限らず、ショパンの旋律では、頻繁に長調のY度音が下がり、いわば長調と短調(同名短調)とが入り交じって出現します。

《作品32-2》
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《作品27-2》
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これらの例は全て同じで、長音階のY度音が半音下行し、同名短調から借用してきたかのような形をしています。この結果旋律は長調と短調の中間のような性格を示し、独特の甘さを醸し出しています。このY度音の半音下行は、旋律だけでなく伴奏部分に現れることもあります。

《作品9-2》
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以前は、このように頻繁に出現する長調のYb音に対して、旋律的長音階、和声的長音階、などと云う概念が用いられたこともありました。
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[3-2]5度和音

8小節目にはいると興味深い箇所が2つ出てきます。一つは5度構成和音です:
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黄色く囲った部分を見て下さい。和音は嬰ヘ長調のT(第2転回型)なのですが、前の小節のG#、D#、をショパンがタイを付けて引っ張ったために、C#-G#-D#-A#、と云う完全5度を積み上げた和音が「偶成」されています。ドビュッシーなど印象派の和声ならいざ知らず、この時代の和音に5度構成のものが出現するのは非常に珍しいことで、私は他に例を知りません。ただ、同じような箇所の他の部分ではショパンはオーソドックスなTの第2転回を書いていますから、彼が5度和音を「組織的に」使おうとしたわけではないことは確かです。多分、指の都合で前の小節のG#、D#を押さえ続けることが出来ることに気がつき、実際にやってみれば「不思議に魅力的な」響きが出来上がり、よしそれならば、とタイを書いたと云うのが正しい見方ではないでしょうか。もう50年もすれば、印象派の作曲家たちの手によってこの種のサウンドは流行になるのですが、ここはショパンの耳の「先駆け」と云って良いものではないかと思います。

 

[3-3]和声の細分化

上掲楽譜の薄茶色で囲った部分を見て下さい。最下段の基本コード進行を見れば分かるように、この部分はTの第2転回型からXに進んで「半終止」するごく基本的で単純なコード進行です。ところが、ショパンはこれを:

W-U(alt) -X-V(alt) -Y-U(alt) -X

と云うように、大変細かく分割して修飾しています。このような和声の細分化はロマン派和声の特徴で、その効果には賛否両論があるにせよ、旋律に微妙な色合いの変化を持たせると云う意味では大変効果があります。
ちなみにショパンのホ短調ピアノ協奏曲の冒頭は次のようです:

《ピアノ協奏曲第1番》
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最下段に示したように、この旋律はTとXの和音で充分支えられるのですが、ショパン自身は半音階的に下行して行く低音をあてがい、この上に細分化した和声をのせました。3小節目から4小節目にかけての陰影は、確かにショパンらしい味わいで、このテーマの元になったカルクブレンナーの協奏曲とは異なった雰囲気を出しています。

参考に、スメタナのスラヴ舞曲(作品72-2)の例も掲げますが、ショパンの場合と全く同巧異趣のものであることが分かると思います。この例では、順次進行的に上がって行く低音をあてがい、これに従って和声を細分化しています。5から8小節目の偽終止にかけてに和声の陰影は美しいものです。

《スメタナ:スラヴ舞曲第10番
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和声細分化の例として良く持ち出されるのは、練習曲作品10-1です。

《エチュード 作品10-1》
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3小節目以降は、和音の骨組みだけで書きましたが、要するに最初のG7は最後のG7に続くのであって、その間にショパンは延々9小節を挿入しています。そこに細分化された和音は、完全W度上行し、いわゆる5度圏を半周し途中で異名同音的読み変えを行って(Bb7のAbをG#と読む)増6の和音に読み換え元に戻ってくるわけです。

なお、この楽譜部分の演奏はこのようです(WMA)

これと同様の手法は、絶筆のマズルカの「復帰部」にも見ることが出来ます。

マズルカ作品68-4
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このゼクエンツは、4度進行(5度下行進行)を繰り返しながら、適当な場所で異名同音の読み換えによる「増6の変化和音」をはさみ、目指す和音に行き着くと云う、作品10-1のエチュードと全く同じ手法です。

 

[3-4]長い保続音

和声の細分化や装飾は、コードの進行と調性感を曖昧にする危険性があります。そこで、よく用いられるのは、長い保属音です。上掲楽譜の薄茶色で囲った部分は、細分化された和声で装飾されているのですが、よく見るとWやU(alt)は、属音であるC#の上にのっかっています。これは、細分化され挿入されたWやU(alt)によって、本来のTの第2転回と云う基本和声機能を見失ってしまわない為の対策です。細分化された和声では、このような手法がよく採られます。

作品27-1
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この部分などは、黄色く囲んだ最初の和音(変ニ長調のX)が、青く囲んだ和音(変ニ長調のT)に解決するだけのX→Tの進行ですが、その間にショパンは10小節を挿入し、変ニ短調、変ホ短調、ヘ短調、の領域をかすりながら和声を装飾しています。しかし、それらが転調ではなく単なる装飾であることを示すために、変ニ長調のXであるAb音を延々と保属させている訳です。

このような保属音の手法は、和声の修飾を頻繁に行う印象派の和声では頻繁に使われます。

《ドビュッシー:音と香りは夕暮れの大気に漂う》

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この一見複雑な和声も、保属音のおかげで変イ長調のX7(の単なる装飾)であることが分かります。

《ドビュッシー:ヒース
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このような極めて繊細な和声も、保属音のおかげで実にすっきりと変ニ長調のX7であることが分かるのです。

 

[3-5]声部進行による和声の連結

以下の、薄茶色で囲んだコード進行を見て下さい。嬰ヘ短調のT(の第2転回型)から嬰ニ短調のXに引っ張ってくる進行です。ここは、根音による機能的な進行と云うよりは、和音を構成する各声部がそれぞれ独立に「半音ずつ」ずれて行き(矢印で示す)、その結果和音が変化し、最終的には嬰ニ短調のXに落ち着くようになっています。

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一般的に、和音の機能的な連結は「根音バス」の観点から分析できる訳ですが、一方でこのように根音バスの動きではなく、和音を構成している各声部の、自由な進行の結果としての連結があります。「和音の進行〜コード・プログレッション」としては、根音による動きは強力ですが、他方このような声部進行による連結は、非常に柔軟です。例えばハ長調のXである「G7」は、根音進行としてはTであるCに強く引っ張られますが:

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声部進行を工夫すれば、G7はほぼどんな和音にも連結できます。
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これらは、G7がC又はCの代理和音に一度も進行することなく、Db、Eb、Bb、等の和音にスムーズに滑り込んでいます。つまり、G7→Cと云うの進行は「完全4度上行する根音進行」を伴うと、その調的指向性を強力に発揮しますが、だからと云って、G7コード自体が何か特殊な能力を持って、Cに向かっていると考えるのは間違いです。つまり、全ての和音は、原則としてどの和音にでも連結できます。ただ、その連結の内容によって調性を力強く示すこともあれば、そうでない事もあるわけです。

この「声部進行」による連結を多用しますと、微妙な和音変化を表現できますが、反面、力強い機能進行は損なわれ「調性」が不明瞭になります。典型的な例として、絶筆のマズルカヘ短調の冒頭を掲げます。

マズルカ作品68-4

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調性的カデンツとしては、薄茶色で囲んで示したようにヘ短調のT-W-X-Tとつながる単純なものなのですが、ショパンはここに5小節を挿入し、そこに声部の半音進行による巧妙な和音連結を用いています。聞いて分かるように、この挿入された部分は調性が不明確で、非常に「病的」な印象を受けます。ただし、この調性不明瞭は欠点でもなんでもなく、音楽の「味わい」の一種で、この場面に大変良く即しています。

一般にヨーロッパ音楽では、調性概念が確立されてくる15〜16世紀までは、声部進行を主体とした音楽で、その和音の連結も、現在の調性概念に基づく「根音バス」進行から考えると随分「大胆」と思えるものです。これは次の譜例(16世紀の合唱曲)を見ていただければ分かるかと思います。コード・ネームを打つことは出来ますが、打ってもあまり役にはたたず、この曲が和声的に何調であるかは確定出来ません。

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これらが「調性」と云う方向に整理され、根音バスの概念が明確に打ち出されたのが1722年に出されたラモーの「和声論」であるとされています。無論ラモーは、既に確立されていた「調性」概念を理論的にまとめただけで、彼の「発明品」でもなんでもないわけですが、そこから100年ほどの間は、根音バスに基づく「明快な調性」の時代です。モーツァルトもハイドンもベートーヴェンも、基本的にはこの「明快な調性」に基づいて作品を書いたわけです。

しかし、ロマン派の時代に入って再び「声部の自由な進行」による和音連結が復活してきます。ショパンの和声細分化と、そこに見られる声部進行による和音連結は、この事情をはっきり示しています。

 

[3-6]X7上の長いパッセージ

Doppio movimento(倍の速さで)に入ってから、非常に興味深い和声が見られます。

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この8小節の和音はほぼC#7一発ですが、このX7は解決することなく、さらに長3度上に平行移動し、今度はE7に支えられて続きます。このような、解決されないままX7が延々と続くようなパッセージは、印象派風の和声では常套手段ですが、この頃の和声としては大変珍しいものです。ちなみに同世代のシューマンでは、「森の情景」の第1曲「森の入り口」の中で、同様の動きを見せます。

《シューマン:「森の情景作品82より》
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このような長く引き延ばされたX7一発に乗るメロディは、背後に和声の進行を感じさせない、いわば中性的なメロディです。同じキーになおして比較しますと:

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最後に加えたのは、ラヴェルの「水の戯れ」の第2主題で、やはりX7のコードがあてがわれています。ラヴェルの場合は完全に「旋法」を意識して書いた旋律ですが、ショパン、シューマンの場合はそうではないと思います。しかし、結果的には大変良く似た音の構成になっていて、明らかに次のような旋律とは性格が異なります。

《ベートーヴェン:「田園」交響曲》
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ベートーヴェンのものは、背後に和声の「進行」とそれによる「段落」を踏まえて書かれた、いわば「調性的な」旋律であるのに対して、これらは「旋法的」な旋律と云うことが出来るかと思います。教会旋法の使用は、ロマン派後期から印象派にかけて、とくにフランスで大流行しますが、ショパンの場合は(マズルカに見られるような民族的な旋法は別にして)教会旋法そのものの意識的な使用は見あたりません。従って、この旋律は「ノクターン」の雰囲気を表すための特殊な和声から結果的に紡ぎ出された旋律である、と考えるべきでしょう。しかし、結果的にであれ、このような雰囲気の旋律と和声を書いたと云うことは注目されるべきで、この手法が、この嬰ヘ長調のノクターンに印象派風の「なまめかしさ」を与えています。変ニ長調(作品27-2)と並んで、この曲がもっとも「夜」想曲らしい雰囲気を持つとされる一因かと思います。

 

§4 私の感想とまとめ

ショパンの作曲家としての評価は、一般にあまり高いものではありません。結局は「ピアニスト」であって、作曲はピアニストに付随する余技程度のものであった、と云うような評価です。確かに、プロの作曲家としての技量を示す「オペラ」や「シンフォニー」などの大型作品は一切なく、多くがピアノ小品であり、ピアノ・ソロ曲ではないとしてもピアノという楽器が入らない作品は殆どありません。ただ、このようなタイプのピアニスト=作曲家は結構存在しますが(同時代で云えば、ヘンゼルト、アルカン、ゴットシャルクなど)、それらの作曲家とは一線を画すように思われるほど、ショパンは個性的で抜きんでています。ピアノ作品だけを取り上げるならば、同世代のシューマン、リスト、或いはもっと若いブラームスやサン・サーンスなどと比較しても一歩もひけをとりません。

この、ショパンの作品を際だたせているものは独特の「哀愁を帯びた美しいメロディ」と、それを支える「精妙な和声」ではないかと思います。メロディの美しさは、作曲家としての研鑽の結果と云うよりは天賦のもので、たとえ大作曲家として評価される人でも、例えばベートーヴェンのようにメロディ自体はお世辞にも美しいとは云えない人もあり、ブラームスのようにメロディの美しさがかえって曲の邪魔になるほど美しい人もいます。ただ、ここに取り上げた「ノクターン」は、まず何よりも「メロディの美しさ」が身上であるようなジャンルで、その意味では彼の持ち味が、100%発揮できる恰好の曲種です。従って、「ノクターン」は、いわば最もショパンらしい曲であると云うことも出来るわけです。

ところで、和声とメロディは支え合うものでありながら、どこかで相反している部分があります。メロディは常に自在に変化し、柔軟な動きを求めるのに対し、和声(機能和声)はがっちりとした骨組みにそれを押さえ込もうとします。だから、近代ヨーロッパ音楽の和声の変遷を、この2つの勢力のせめぎ合いの経過として捉える人もあるわけです。メロディが優勢なときは、変化に富んだメロディが生成される反面、和声(=調性)が不明瞭になり、和声(=調性)が優勢なときは、逆にメロディが柔軟性を失って面白味に欠けたものとなります。

ショパンの変ニ長調のノクターンでは:
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矢印の箇所で、明らかに「メロディが和声に影響を与え」変質させています。このA音(音階のY度音の下降変質)をもたらしたものは、メロディの動きです。それに引き換え

ベートーヴェンの「田園」に見られるようなメロディは:
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明らかに「和声に支配されており」、メロディは単に和音の構成音を《分散和音》としてたどっているだけです。

考えてみれば、ロマン派和声(半音階的に拡張された機能和声)の頂点とされるワグナーの「トリスタンとイゾルデ」も、機能の拡張自体が目的ではなかった訳で、ライトモチーフと呼ばれるメロディ断片の過度の組み合わせの結果としてもたらされたと云うことが出来ます。この流れは19世紀に入った頃から、既にその片鱗を見せており、ショパンの頃から和声は「メロディ優勢」の方向に向かっていたわけです。だから、ショパンはちょうどその流れに乗って、自分自身が紡ぎ出す、天賦の「デリケートなメロディ」を元に和声の部分を様々に変化させていったと考えられます。しかし、彼自身には、調性を逸脱しようとか、和音自体の構成を変化させようとかの意図は全くなかったのではないかと思います。
ショパンと非常に良く似た位相にある作曲家としてグリークがいます。グリークも殆どピアノ中心の作曲家で、北欧のショパンと呼ばれたりする事があります。しかし、グリークの場合は「和声の世界はいつも私の夢の世界」だったと自ら述べるように、意識的に和声を開拓し応用しようと云う意図があったようです。彼の場合は頻繁な属9の使用とか、半音階的に進行する和声とか、様々な和声的な試みを行い印象派の先駆けとなるようなサウンドを作り出すのに成功しています。それに比べると、ショパンは、自身が自分の作品の和声について述べたという話しは殆ど伝わっていませんし、グリークほど大胆な和声使いは見られません。その意味では、ほぼ同い年のリストの方が(例えばロ短調のソナタに見られるように)随分と先に行った印象があります。ショパンの場合は、彼の作り出すメロディの微妙さが、それを支える和声に変化を与えざるを得ず、結果として調性不明瞭という印象さえ与えるパッセージを書くことになった、と云うことでしょう。ノクターン嬰ヘ長調は確かに精妙な和声で組み立てられ、とりわけ中間部の旋法的な音使いは、印象派風のサウンドをももたらしていますが、それは結果であり、その中心は美しく、微妙な陰影を持った彼特有のメロディにあったと、私は考えています。