シューマンの『トロイメライ』

 

【はじめに】
シューマンの『トロイメライ』は、全13曲の小曲からなる《子供の情景 作品15》に含まれ、その7曲目に位置します。楽譜では1ページで終わる小曲ながら、シューマンの代表作であるばかりではなく、ベートーヴェンの『エリーゼの為に』やショパンの『子犬のワルツ』などと並んで、直接にはピアノを弾かない人でも知っているほど人口に膾炙している作品です。

演奏技術的には、さほど難しいところはなく『エリーゼ〜』や『子犬〜』と比較してもかなり容易に弾くことが出来るために、ピアノの練習の過程で結構早い時期にこの曲に遭遇することも多いかと思われます。

ところが、『トロイメライ』はシューマン独特の、かなり凝った濃密な構造で出来ていて、『エリーゼ〜』や『子犬〜』がどちらかといえば他愛のない曲の部類に属するのに対して、『トロイメライ』は指は易しいけれども表現や解釈は結構複雑で難しいところがあります。要するに一見しての印象ほどは易しくないのです。

ここでは、このシューマン的な《凝った構造》を分析し、『トロイメライ』を練習、演奏する際の参考に供したいと考えました。

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(1)主題

先ず、曲全体の楽譜を見ましょう。[]→全曲試聴

 

                   トロイメライ(夢)

曲は単純な3部形式でABA’のAが反復されている形で、Bは主題の展開部です。このAの歌い出し部分は、『子供の情景』でトロイメライが出現するまでの6曲で常に用いられた、いわば前半戦の基本主題から成っています。

この基本主題は第1曲目『見知らぬ国と人々から』の冒頭で、次のように2度反復して提示されます。

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赤い音符で示した4つの順次下行する音型が、前半戦の基本主題です。第2曲では:

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第3曲では:

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第4曲:

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第5曲では下行する音が3個に減りますが、やはり同じように:

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第6曲:

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さて、第7曲のトロイメライではこの基本主題が次のように現れます:

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中音域から主和音の階段をクレッシェンドしながら上って行き、上り詰めたところで下属和音に支えられた形で基本主題がのびやかに憧憬に満ちた雰囲気で歌われます。この部分は(殊に、第1曲目から通して聞いてきたものにとっては)下属和音の持つ沈静性的なキャラクターとうまくマッチし、大変効果的です。

この基本主題を提示した後、これを転回した断片が2度余韻のように繰り返されます(緑で示した音符)。

注目すべきは、青い音符で示した内声、下声部で陰に隠れながら、基本主題のエコーを繰り返しています。内声にこだまする、一種の模倣はシューマン独特の対位法で、この先に大活躍します。

これに続く4小節は以下の通りです:

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A部分の最後の3小節では、基本主題の尻尾が変形され(赤い音符)ますが、この変形された断片がアルト声部→テノール声部と順に模倣されながらこだましています。

 

(2)対位法

主題の提示で見られた模倣手法は、シューマン独特の対位法であると考えられます。カノンやフーガと云った、整然たる対位法では決してありませんが、シューマンがバッハからの影響を受け、自分なりに咀嚼した後に、彼の持つロマン主義的幻想性と云った資質に裏打ちされてここで再現したと見るのが正しいでしょう。

メンデルスゾーン(彼はシューマンと親しかった)がバッハの弟子(キルンベルガー)の弟子(ツェルター)から直接バッハの音楽を伝えられたのとは異なって、シューマンの場合バッハとの直接の接点と云ったものは見あたりません。しかし、おそらく独学でか、或いはメンデルスゾーンとの交流も要因の一つでしょうか、とにかくシューマンは対位法的な書法を取り入れる事に興味旺盛であったようです。これは、同い年のショパンとは大きく異なります。

このシューマン独特の対位法をトロイメライで見てみましょう:

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ソプラノ声部に赤い音符で現れるのは、主題提示の最後に出現したのと同じものです。今回は、これが現れるや否や即座にアルト声部(青い音符)で反復され、次にテノール声部(緑)、最後にバスの最低声部で模倣されています(オレンジ)。よく見ると、これに先行する形でテノール声部に(薄いブルー)伴奏のような形でこの音型が含まれています。

この部分は間髪をいれず模倣声部が開始されるために、一種のストレット効果を出していて3部形式の中間部としての展開部たるこのB部分に充分な緊張感を与えています。対位法的な手法でのみ実現される独特の構成感です。

注目すべき点は、模倣が常に上の声部から下の声部に向かっていると云うこと。もう一つは、最後のバス声部での模倣が拡大されているために、最後が拡散ないしは消滅と云った印象を与えることです。おそらく、この3小節の表情つけは、フォルテから入って、徐々にテンポと強度を弛めると云った風になると思います(楽譜上にリタルダンドやデクレシェンドが書かれてはいませんが、そのように音符構成が要求しているように私には思われます)。

 

(3)トロイメライ〜夢

この曲にはトロイメライの題名が付いています。トロイメライは英語のドリームつまり『夢』を意味します。題名そのものはシューマンが後から付けた物ですが、何故夢と付けたのでしょうか。私は、これに関して少し穿った解釈をしてみます。

この曲は基本的に4声部で書かれています。(1)(2)の分析から、ソプラノ声部に先ず基本音型が現れ、徐々に下方に向かって模倣されながらこだまする、独特の対位法が見て取れました。又、そこでの進行方向は拡散、消滅、弛緩、に向かっています。そこで、今:

●ソプラノ声部→昼の世界(意識上の世界)
        :
        :
●バス声部→夜の世界(意識下の世界)

と、声部によって世界の階層を表していると仮定してみましょう。とすれば:

昼間(意識上の世界)に起きた出来事は、徐々にこだましながら夜の世界(意識下)に沈潜して行きます。沈潜するに従って、出来事の輪郭はぼやけ、とぎれとぎれになって行きます。『トロイメライ』は、このように解釈できるのではないでしょうか。

実際、これはロマン派的な解釈での夢の構造そのものです。シューマンは音楽家には珍しく文学的な素養を持った人で、ジャン・パウル(リヒター)はじめ、当時のドイツロマン派の文学者達とのつきあいも深かったようです。彼らの興味の中心は『夢』であり『夜』であり『幻想』でした。これらにシューマン自身もかなり大きく影響されていた形跡があり、子供の情景と同じ時期に書かれた曲集では夜をテーマにした『幻想小曲集』があります。

で、私の少々穿った解釈の結論は、シューマンがこれをトロイメライ〜夢、と名付けたのは、或る特定の出来事を『夢見る』と云う意味ではなく、《曲の構造》が《夢の構造》そのものを表しているからだったのではないか、と云うことです。
この『トロイメライ』と名付けられた曲について、曲集の題名〜子供の情景〜から類推して、「子供が夢見ている無邪気な世界を描いている」とか、逆に、曲想の如何にも沈潜して行くような感じから類推して、「大人が子供の頃を夢物語として懐かしく回想している」とかの解釈がなされたりします。私は、どちらも正しいと思います。何故ならば、対象が子供の見る夢であれ、大人の夢であれ、夢の構造自体を音楽にしたのである、と考えればどちらも成り立つからです。

シューマンは自身の独自な対位法に、ちょっとした自信を持っていたようで、「私の中で生まれる動機が、不思議に対位法的にうまくマッチするものばかりである・・」と云うような事を書いています。彼のバッハへの尊敬の念をよく示す言葉です。
しかし、彼は、決してバッハのような線的に緊密に構成された音楽を書こうとしていたわけでもなかっただろうと思います。緊密な構成を受け入れるには、シューマンの資質は如何にもロマン的過ぎたと考えられるからです。
・・とすれば、この狭間〜つまり、バッハへの傾倒と彼自身のロマン的資質〜がシューマンの音楽の特徴を作り出した大きな要因の一つであると考えられます。シューマンは、自分のこの特徴を生かした曲の構成方法が、いかにもロマン派好みの「夢」の構造に一致すると考えたのではなかったでしょうか。

 

【あとがき】
ウラジミール・ホロヴィッツと云う、一世を風靡したピアニストがいました。病気がちなために余り頻繁にコンサートを行わず、却ってそれが熱狂的なファン層を形成したのです。晩年に、久しぶりのコンサートをカーネギー・ホールで開き、熱狂的なファンで会場が満たされましたが、そのアンコールの最後に彼はこの『トロイメライ』を弾きました。静かに、ゆっくりと、本当に沈潜するように弾きました。他の出し物では、力の衰えが見えて、往年のホロヴィッツの影はなかったのですが、最後の『トロイメライ』は評判になりました。ああ、このようにして人は夜の世界に向かうのか・・と感じ入った記憶があります。