ショパンのトリル:幻想即興曲

【質問の大意】
「幻想即興曲の中間部で、トリルが出てきますが弾き方を具体的に。


●先ず、ご質問への答えを書きます。

多分、中間部の変ニ長調で現れるトリルの事を指しておられると思います。ここのところは:
LESSON_CHOP_OP66.JPG - 18,123BYTES
・・・と弾いています。

●次に、関連する問題について書きます。

(1)ショパンの場合、トリルはどの音から始めるべきか
(2)トリルに前打音がかかった場合、拍の前にはみ出すのか、それとも拍の頭に揃えるのか

(1)トリルの開始音

現在、一般的にトリルは、楽譜上に示された音から始め、2度上の補助音と交互に奏します(下図、左側)。しかし、バロック期にはトリルは2度上の補助音から弾き始めるのが一般的でした(下図、右側)。
LESSON_TRILL.JPG - 8,052BYTES
現在のように、主音から始めるように提唱したのは、フンメル(1778-1837)と云われています。ショパン(1810-1849)は、丁度その端境期に当たっているのと、ポーランドの片田舎で少し時代遅れの音楽教育を受けたこともあって、バロック式のトリル奏法に馴染んでいたようです。実際、ショパンが受けたピアノ教育のテキストはバッハの平均律とクレメンティの練習曲が中心で、そのせいもあって、ショパンは平均律の殆どを暗譜で弾けた、と云うことです。しかし、彼がパリへ出てきてみると、時代は主音から弾き始めるトリルが中心で、彼のとったピアノの生徒は多くがそのような奏法に馴染んでおり、逆に、ショパンが口を酸っぱくして、「補助音から弾き始めなさい」と云わなければならなかったようです。現在残っている、ショパン自身の書き込みのある、レッスンに使用した楽譜には、その事が注意書きとして書き込まれているものが多いようです。このことをよく示す例として「ノクターン 変イ長調 作品32-2」を掲げます。
LESSON_TRILL_CHOP_OP32_2.JPG - 23,557BYTES
現在出回っている楽譜は、上の二様の書き方があります。要するに、トリルの前にある前打音「c」があるか、ないかの違いです。前打音「c」は新しいトリルの弾き方に馴染んでしまった人のために書いてあるもので、補助音「c」から始めなさいと云う意味です。それに比べて、上側の記譜は、バロック=ショパン式のトリルで弾く人の為のもので、決して「b」の音を二度重ねて弾きなさい、と云う指示ではありません。この二様の記譜は、弾いた結果は同じなのです。

(2)装飾音の出だしのタイミング

上の、変イ長調のノクターンで云いますと、トリルの前の装飾音は、左手と一緒に弾き始めるのか、それとも前へせり出して、左手と合うのはトリル本体の開始音であるのか、が問題となります。これも、バロック式は前者であり、新しい弾き方は後者です。ところで、例に洩れずショパンの場合は殆ど、「バロック式」の装飾音を用いたようです。トリルと同じく、ショパン自身が練習生に注意書きした楽譜では、その事についての書き込みが頻繁にあります。例として、ノクターン ト短調 作品37-1を掲げます。
LESSON_CHOP_OP37_1.JPG - 12,621BYTES
これらの小さく書かれた装飾音は、矢印のように拍の頭に(つまり、左手と合わせて)弾くように、とのショパンの書き込みが見られます。有名な、変ホ長調のノクターン 作品9-2でも:
LESSON_CHOP_OP9_2A.JPG - 13,933BYTES
の書き込みが見られ、ショパンの奏法と、生徒たちが既に知っていた奏法とのズレがあったことを思わせます。


ショパンは、ほぼ同年代の、シューマン、リスト、メンデルスゾーン等と、いわゆる「前期ロマン派」と呼ばれる作曲家グループとして数えられます。彼らは、それぞれに作品傾向は異なりますが、四者ともバッハに強い影響を受けて育った人達です。実際、彼らの幼い時代は、殆どバッハは忘れ去られていました。その時代、大バッハと云えば、バッハの息子のCPEバッハであって、セバスチャン・バッハは大バッハの父としてしか知られていたに過ぎません。それにも拘わらず、彼らが四者四様に(リストはベートーヴェンの孫弟子〜つまりツェルニーの弟子ですから、ちょっと異なるかも知れませんが)バッハに大きな影響を受けていたことは、大変興味深い事です。

その中で、ショパンは、辺境育ちと云う特殊な環境が、逆にバロック的バッハ演奏法からの大きな影響と云う結果をもたらし、それがショパン独特の演奏スタイルを生み、引いては作品そのもの(特にノクターンなど装飾豊かな歌謡的楽曲に於いて)に実を結んだと云うことです。