ソナチネ・アルバム第1巻 10番(クレメンティ 作品36-4)

【質問の大意】
ソナチネ(クレメンティ作曲 作品36-4〜ソナチネ・アルバム第1巻、第10曲)を練習しています。一般的な「ソナチネ」を練習するときの注意事項などを、教えて下さい。又、2頁目がどうもうまく弾けません。何か、練習のためのアドヴァイスがありませんか。


(1)ソナチネ全般についての弾き方のコツ

「ソナチネ」は、ピアノ練習のある時期にかならず出くわす課題です。それは、ソナチネが、表現上のある特別な練習要素を含んでいて、そのことが大変重要だと考えられているからです。ソナチネは、キチンとした文法と形式の上に組み立てられていて、それを理解してどう表現するか、が音楽表現一般の基礎力の一つであると考えられているからです。ここでは、その事を中心に書いてみたいと思います。若干難しい内容ですので、なるべく分かりやすいように書くために、今、仮に、普通の「文章」を朗読する場合に例えながら話を進めます。

「文章」も「音楽」も基本的には同じ事が云えて、実はそれぞれに独特の「文法」があって、この文法を意識して常に「正しい」文章区切りで「朗読〜演奏」を行わないと、聞いている方には大変分かりにくいものとなります。

例えば、「今日は良い天気です」の文章を読む場合:

キョ、ウハヨ、イテン、キデス:キョウハ、ヨイ、テンキデス

この二つを比較すればよく分かります。文法に従って正しく発音が区切られていないと、一度きいただけでは、何を云っているのか直ぐには理解できません。

ところで、ソナチネ(ソナタも含む)は、音楽の中でもかなり「散文的な」形式です。例えば、「ノクターン」ならば、これは「歌う」曲ですから文章で云えば「韻文」で、文に沿って読んで行けば自然と区切りが出来るようになっています。俳句は17文字ですが、これをわざわざ3、6、8、と切って読む人はなく、5、7、5、と区切れば良いように元々から作ってあるのです。同じようにノクターンなどは、大体カンで区切り(フレージング)が分かるし、スラーを目安にすれば、先ず、間違いはありません。

或いは、「ワルツ」ならば、踊りの曲ですからやはり一種の韻文で、ワルツのリズムにのせて発音すれば、(細かい問題はさて置いて)第一段階はクリアできます。

しかし、ソナチネは、非常に散文的な、いわば、「物語」的文章ですから、言葉の意味と物語のスジを理解しつつ、正しい区切りで読んでいかなければ、先の「キヨ、ウハヨ、イテン・・」のようになりかねません。

大ざっぱに云って、この問題がソナチネ演奏全般の「コツ」と云うことが出来ると思います。

(2)具体的に

さて、具体的に云って、この朗読(演奏)の際の「区切り」は、音楽の場合

・テンポの変化
・間の取り方
・強弱変化

の3種類の組み合わせです。文章の区切りにも(音節)(、)(。)(改行)、など様々なニュアンスがあるのと同様に、音楽にも様々なニュアンスがあります。これを、どのように応用して行くか、は実際の音でないと説明に無理がありますので、今レッスンを受けていられる先生にお聞きになって頂くとして、おおざっぱな例をソナチネ10番の冒頭で示してみます。

大きな段落が2カ所あります(楽譜にABで記してあります):


第1主題の提示が終わったことを示す段落です。私は、意識的に8小節の終わりで若干テンポを緩め、音量も僅かに小さく落とします。又、次の9小節冒頭から第1主題の確保に入りますので、この前に小さな「間」を置いています。次の9小節目の冒頭は「新たな」段落として、多少重く、ドシーンと云う感じでで語り始めるのです。


第1主題確保の後半は、第2主題への推移部となります。この推移は属調(ハ長調)への転調の経過部でもありますから、今までとは異なった「口調」で語りはじめなければなりません。楽譜上にもpの指示がありますし、私はそれだけでなく、ちょっと恰好を付けて右手を遅らせ気味に入っています。この辺りの趣味の良し悪しは別にして、とにかく、何らかの「変化」とそれを示す「区切り」がなければならないのです。

これで分かるように、文法上の段落は、常に何らかのテンポ、強弱、等の変化が伴います。楽譜には(大きな盛り上がり等は指示されていても)そのような細かい段落は書かれていませんから、これを見つけて正しく区切って行く必要があります。たとえ、楽譜に明示的にrit.やdim.が書かれていなくても、そうするのです。又、区切り方は様々なニュアンスがあり、そこに演奏者の趣味の良し悪しが出ます。この辺りは、同じ内容の文章を朗読しても、話し方の上手な人と、下手な人があるのと同じです。ただ、段落の場所そのものが、人によって大きく変わると云うことはなく、共通の「音楽文法」と考えて頂ければ良いです。

このような文章で、音楽の「表現」を伝えることは、大変難しいことです。出来ればMIDIではなく、音声ファイルでの演奏を参考に聞きながら楽譜を見て頂ければ良いかと思います(ライブラリ2に掲載しています)。

(3)2ページ目のピアノの部分

具体的にご質問のあったこの部分は、もう少し難しい問題を含んでいます。弾き方のコツは「物語的な構造」を良く理解することです。構造というのは以下のような意味です:

【楽譜B】(曲冒頭〜第1主題)

【楽譜C】(2頁目〜展開部)

楽譜Bと楽譜Cとを見比べて下さい。大きな音符で示したところに着目すると、明らかに2ページ目のこの部分は、第1主題の3〜4小節目にある音型が取り出されて、変形され反復されていることが分かると思います。このような手法を「展開」と云い、ソナチネなどの形式には必須のものです。要するに、ここでは、第1主題に登場した一部分の、いわば「後日談」が語られている訳です。

この2ページ目の部分は、ただ漫然と弾いていても、なかなか思ったようには鳴ってくれません。右手と左手がどちらも主張しあって喧嘩になり、あげくは、ゴチャゴチャとした聞き映えのパッセージになってしまうからです。コツは、右手の16分音符に含まれる、第1主題の成分をはっきり意識して弾くことです。こうすれば、左手はこのための「伴奏」である事が意識されて、自ずから、右手左手の役割分担が決まり、弾く場合の音のイメージが湧いてきます。

基本的な問題として、あるパッセージがうまく弾けるかどうかは別にして(これはその場その場の指の動きや、人によってテクニックがあるかないか、等様々な要因で左右されます)、先ず弾く前に「音のイメージ」を心のなかに作っておく事が重要です。イメージを作った後に反復練習をすれば、それぞれの練習が積み重なって徐々に目標に近づいて(つまり弾けて)来ますが、場当たり的に反復練習をしても、1回1回の練習が積み重ならず、時間ばかり食って、あまり良い結果を得られません。

実は、私もこのソナチネを弾くに当たって、今書いてきたのと同じ様な事を、曲の全ての部分に関して検討しています。私は、経験が長いので、初心者の方のように指の回りには余り苦労する、と云うような事はあまりありませんが、それでも、各パッセージや曲全体が、(文法的に)正しい、自然な句切れで、分かりやすく説得力のあるように鳴ってくれるか、は大変気を使います。シェーンベルクがある所で「音楽にとって、最も重要なことは、美しさではなく、分かりやすさである」と云っていますが、特に「ソナチネ」のような散文的で、物語的な楽曲の場合には、この言葉がそのまま当てはまるように思います。逆に、ソナチネなどの場合は「分かりやすさ」が「美しさ」でもあるのだ、と思います。