装飾記号の弾き方

【はじめに】

装飾記号と云うのは、I_MORDENT.JPG - 418BYTESMORDENT.JPG - 453BYTESTURN_KIGOU.JPG - 453BYTES、など、装飾音符を表す為の記号です。最近の曲ではあまり見かけなくなりましたが、その理由は記号で示された音符をどのように弾くかが、演奏者の解釈によって一定せず、作曲者の意図どおり弾かれないことを、作曲者自身が嫌って細かく音符を書き付けるクセが出来たからでしょう。しかし、逆に言えば、それは装飾記号の弾き方に演奏者自身が迷う場面が多いと云うことでもあります。特にバッハなどの比較的古い作曲家では、多くの装飾記号が現れて演奏者を悩ませます。
ここでは、この装飾記号を取り上げて、初級から中級の方が知っておかなければならない最低限度の知識として説明します。上級の方が必要とするような、専門的な知識については触れませんので、その場合は専門の研究書をお読み下さい。

装飾音の呼び名については、随分と混乱しており、英、独、仏、伊、日、が入り交じって使われています。全てを掲げるのはかえって混乱しますので、私の判断で最もポピュラーに使われていて通じやすいだろうと思われるものを取捨選択して用いました。

 

[1]モルデント、転回モルデント

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@最初のものを「モルデント」と云います。付された元の音符から始め、2度下の音を素早く引っかけて戻ります。

A後者を転回モルデント(inverted mordent)と云い、2度上の音を素早く引っかけます。書いてある元の音符から始めるか、2度上の音符(上の楽譜のカッコの音符)から始めるか、は時代(作曲者)によって異なります。

転回と云う言葉は[invert]〜ひっくり返す〜の訳語としてよく使います。後で出てくる、転回ターン、和音の転回や音程の転回も同じです。日本語の音が同じ「展開」〜develop〜と間違えないようにして下さい。

前者の名称はほぼ一定していますが、後者は、独語でプラルトリラーと云ったり、英語でもアッパー・モルデントを使ったりします。日本語で上方回音などと云う名もありますが、殆ど使いません。

転回モルデント系を主音符から弾き始めるようになったのは、モーツァルト以後である(モーツァルトの弟子に当たるフンメル等の提唱による)と云われています。だから、ベートーヴェンは主音符から始め、バッハは2度上の音から始めますが、ハイドン、モーツァルトはどちらでも良い、と云うのが一般的な判断です。しかし、ショパンは例外的にバロック的な奏法に固執した人で、バッハ風に奏します。

毛虫のようなマークが多少長くなると、複(転回)モルデントと云い、引っかける回数を増やします。

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前にヒゲをくっつけたような、前打音付き複転回モルデントもあります。

DOUBLE_CADENCE.JPG - 6,873BYTES

 

[2]トリル

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トリルは、元の音と2度上の音とを素早く繰り返しますが、長いものと、短いものがあって、短いものは転回(複)モルデントと同じです。特にバッハはI_MORDENT.JPG - 418BYTESD_MORDENT.JPG - 456BYTESTRILL.JPG - 405BYTES、を殆ど区別せずに使っています(要するにトリルの回数にはこだわらないと考えて良いのでしょう)。だから、長く伸ばして欲しいトリルには毛虫のような記号を長く引っ張って書きます。

2度上の音から入る場合と、その音から弾き始める場合とがあるのも、転回モルデントと全く同じです。

名称はトリルで殆ど統一され、日本語で噸音などと呼ぶ人は殆どいません。

 

[3]ターン(グルペット)

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書かれた音の上下を縫い取るように奏する装飾音で、縫い取りの方向によってターンと転回ターンがあります。転回ターンの記号については、I_TURN_2.JPG - 425BYTESI_TURN.JPG - 414BYTES、のように書かれることもありますが、見にくいので(最初のものなど、正規のターンとどう違っているのか分からない)、真ん中に一本線をいれて示すことが多いようです。

ターンは音符の真上にではなく、次の音符との間に書かれることも多く、その場合は「前の音を少し引っ張ってから」音符と音符の間で経過的に装飾します(下の楽譜参照)。

BEETHOVEN_RONDO.JPG - 7,593BYTES

この部分のMIDI(ベートーヴェン:ロンドハ長調 作品51-1)

ターンを書かれた音符から始めるのか、それとも2度上の音から始めるのか、は一定せず演奏者の自由に任されるようです。トリルや転回モルデントほど時代による違いも認められません。

名称はターンと呼ぶ人と、イタリア語でグルペットと呼ぶ人があります。日本語の回音は滅多に使われません。

 

[4]装飾記号につく臨時記号

モルデント、トリル、ターン、などは、いずれも2度上下の音を弾きますが、この「2度」は全音階的2度です。半音階的2度を指示するためには、上下に小さな#やbを書き添えます。

ACCIDENAL_GRACE.JPG - 13,420BYTES

 

[5]前打音

前打音は、主音符の前に小さな音符で示される装飾音ですが、スラッシュのついた「短前打音」と付かない「長前打音」、及び複数個の小音符が主音符の前に配される「複前打音」があります。前打音の呼び方は、伊語のアポジャトゥーラ(appoggiatura)を使いますが、日本語の前打音もよく使いますので、どちらでも通じます。

[5-1]短前打音

スラッシュの付いた小音符APPOGGIATURA.JPG - 399BYTESで示され、短く、鋭く奏します。

HAYDN_SONATA_35.JPG - 13,515BYTES

この部分のMIDI(ハイドン:ピアノソナタ 第35番)

 

●和音に前打音が付いた場合は、次のようになります:

AP_WAON.JPG - 2,806BYTES

※前打音と、和音が同時に弾き始められる事に注意して下さい。これにアルペジオがかかると:

AP_ARPEGGIO.JPG - 3,192BYTES

このようになります。

 

 

[5-2]長前打音

スラッシュのない小音符、AP_LONG_16.JPG - 454BYTESAP_LONG_16.JPG - 454BYTES、・・・で示され、短前打音と異なって、ほぼ小音符が示す音価分伸ばします。従って、主音符はその分差し引かれて「短く」なります。小音符の音価が重要であるために、16分音符から2分音符まで様々な音符が使われます。

BACH_MENUET.JPG - 11,236BYTES

この部分のMIDI(アンナマグダレーナ曲集:メヌエットト長調)

長前打音は、和声的な構造を示すには良いのですが、リズム的には視認しにくい欠点があるために、普通の音符に書き直して出版されている場合も多いです。

MOZART_K331.JPG - 13,470BYTES

この部分のMIDI(モーツァルト:トルコ行進曲)

この例のモーツァルト「トルコ行進曲」も長前打音としては記譜されずに、16分音符に書き直されている楽譜の方が多いかと思います。ただし、どちらで書かれていても弾き方は同じです。

 

[5-3]複前打音

長前打音が複数連なったような見かけですが、小音符の音価には関係なく、「素早く」弾いてしまいます。複前打音の場合、特に、音符がたくさん連なっているときは、前打音の最初を拍の頭に合わせるのか、主音符を拍の頭に合わせるのか、の問題が生じます。

HAYDN_SONATA_35B.JPG - 16,476BYTES

この部分のMIDI(ハイドン:ピアノソナタ第35番 第2楽章)〜前打音の開始を拍の頭

  同上  〜主音符を拍の頭

基本的には、バロックでは前打音の最初を拍の頭に合わせます。その後は、主音符を拍の頭に合わせる習慣に変化していったようですが、明確なルールは存在しません。特に、ハイドンやモーツァルトなどピアノ初期の作曲家では、両様に弾かれているようです。

 

[6]後打音

前打音とは反対に、主音符の後につく小音符です。典型的なものは:

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のようにトリルの後につくものです。弾くタイミングが、前の音を削ってそこに割り込みます。2個以上小音符のあるものを前打音と同じように、複後打音といいます。ただ、弾くタイミングの問題だけで、前打音との区別がはっきりしません。特に、前打音を拍の前に放り出して、主音符を拍の頭に合わせるような弾き方では、どちらとも云えるわけで、トリルの尻尾の飾りを除けば、あまり使われないようです。

AFTER_NOTE_2.JPG - 6,674BYTES

 

 

[7]実際の曲中での弾き方例

(a)モルデント

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・バッハ:インヴェンション 変ホ長調

(b)2度上から入る転回モルデント

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・バッハ:インヴェンション ロ短調

 

(c)主音符から入る転回モルデント

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・ベートーヴェン:悲愴ソナタ 作品13 第1楽章

 

(d)モルデント、転回モルデント、前打音付きモルデント、などの組み合わせ

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・アンナ・マグダレーナ曲集より「コラール」

 

(e)トリル

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モーツァルト:ソナチネ K545 第1楽章

(a)の例
(b)の例
(c)の例

ちなみに(a)は私の弾き方、(b)(c)はソナチネ・アルバムに載っている参考例。

 

(f)ターン

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・ハイドン:ピアノソナタ第36番 第1楽章

TURN_KIGOU.JPG - 453BYTESのつく位置に注意

 

(g)和音に付いた前打音

MUSSORGSKY_HINA.JPG - 15,679BYTES

・ムソルグスキー:展覧会の画より「殻をつけた雛の踊り」

 

(j)長前打音、モルデントの組み合わせ

MAGDALENA_29.JPG - 17,920BYTES

J.ハッセ:「ポロネーズ」(アンナ・マグダレーナ曲集)

※2小節目の長前打音は、音価いっぱい4分音符分伸ばしても構わない。

 

(h)前打音、後打音の入り交じった装飾

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・ショパン:夜想曲 作品37-1

※ショパンの前打音は、バロックのようなタイミング(装飾音の最初を拍の頭に合わせる)で弾きます。

※トリルもバロックのように、2度上から弾き始めます。