ピアノのタッチ解説

 

はじめに>】
ピアノは、独特の構造をした打楽器です。この楽器にあっては、発音のために演奏者が行わなければならない操作は、極めて簡単で、要するに鍵盤を一定以上の力で叩きさせすれば、それで音が出ます。その上、その「打鍵」は猫が踏もうが、金槌で叩こうが、名ピアニストが弾こうが、力さえ同じであれば、全く同じ音色が発せられるような構造を持っています。従って、《一つの音》だけを取り上げたときには、演奏者の腕前が音色の良し悪しに反映される余地は全くないのです。これは、《良い音色》を目指して練習を重ねる、弦楽器や管楽器と大きく異なっています(エッセイ〜「ピアノ雑感」参照)。

このために、ピアノの練習〜殊にテクニックの練習〜は、ともすれば音色を無視した「指の鍛錬」と云った、メカニカルなトレーニングに偏りがちで、極端に云えば、指さえ鍛錬しておけば何でも弾ける、或いは、逆に「上手に弾けないのは、一にも二にも指の鍛錬不足」といった考えを持っている方は意外に多いのです。しかし、それは極端な考えに過ぎます。腕前と音色が無関係なのは、あくまで《一つの音》に着目した場合で、実際の音楽の中で、複数の音が継起的(或いは同時的)に出現する場合、やはり《音色の美しさ》に類した要素があり得ます。つまり、厳密には《美しい音色》とは云えないまでも、《美しい音楽》を奏でる源として、やはりテクニックはあり得るのです。

この事を念頭に置いて、ここでは、その「指のメカニカルな鍛錬」を越えた部分のテクニックと(つまり、美しい音を奏でるための技術)、その練習方法を解説します。出来るだけ、実際の音楽に即してと云う観点から、音楽素材は出来るだけサイト内に掲載してあるものを使用しています。必要に応じて、楽譜を印刷するなり、曲を試聴するなりの利用をお奨めします。
 


[1]タッチの種類

実際に鍵盤に触れる部分は指先だけですが、力の入れ方によって、ピアノのタッチは4種類あると思われます。はじめに、これを簡単に説明します。詳細は後に吟味する事にします。

指のタッチ
最も基本的なタッチで、手首や腕を動かさないで、《指だけで》弾く方法です。このタッチの特徴は「粒の揃った」音が得られる事で、よく訓練された指では、玉を転がすようなパッセージが弾けます。ピアノ以前の鍵盤楽器では、基本的にこのタッチだけで演奏していた訳で、バロックなどはこれだけで弾けてしまう事もあります。
指タッチの性能が劣ると、手首や腕にタッチを補完しようとする余分な動きが生じます。この結果生じる《腕や手首の不安定》が、演奏の中でミスタッチ生む主な要因です。どうしてもミスタッチが多くて、曲がスムーズに弾けない方は、このことを念頭に練習する必要があるかと思います。どちらにしろ、指のタッチの訓練は毎日の練習に組み入れられるべきもので、タッチの基本となるものです。

指だけのタッチで弾く例(「アラベスク(右手)」〜ブルグミュラー:”25のやさしい練習曲”ライブラリ2掲載)

《離すタッチ》
往々にして軽視されがちですが、《打鍵》の後《離鍵》するタッチも、大変重要です。パッセージの粒が揃って聞こえる、大きな要因であることを忘れないようにして下さい。

●手首のタッチ
指のタッチでは弾けない、「オクターヴ奏」や「和音奏」、或いは、「強い打鍵」が欲しいときは、手首の動きを使います。典型的なものはオクターヴや和音の連打で、次のような譜例がこれに該当します。

手首のタッチで弾く例(「帰途(両手)」〜ブルグミュラー:”25のやさしい練習曲”ライブラリ2掲載)

そのほか、鋭いアクセントをランダムに付けたい時に手首のタッチは重宝します。ジャズピアノなどではよく使われるテクニックです。次の譜例は、典型的なブルース・パッセージ(右手)ですが、アクセントの部分は手首のタッチを用いて弾きます。

コツは、指を固くした状態で、手首から先を振ります。腕は動きません。手首が固いと、一緒に腕も振ってしまい音量のコントロールが難しくなり(pp の連続などとても弾けない)、良い結果が得られません。

●腕のタッチ
指や手首では出せない大きな音量が欲しいときには、腕を使います。例えば以下の譜例です(「トロルドハウゲンの婚礼日」〜グリーグ:”抒情小曲集”ライブラリ4掲載)。



このffで弾かれる和音は、指と手首を固めた上で、腕を使って上半身の体重を鍵盤に乗せるような感じで打ち込みます。強烈な音量が得られますが、ただし、そう頻繁に出てくるタッチではありません。有名どころとしては、チャイコフスキーのピアノ協奏曲冒頭が挙げられるかと思います。

●力を抜くタッチ(肘のタッチ)
このタッチは大変重要ですが、ただし、今までの例とは異なって、打鍵のための直接のタッチと言うよりも《打鍵の力を逃がすため》に使う、いわば《マイナスのタッチ》です。例えば、次のようにスラーのかかった2つの音:

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管楽器だと一息で、弦楽器だと一弓で、奏される訳でB音にはアタック音がありません。しかし、ピアノではそのような意味でのレガート奏は不可能で、Aの音もBの音も、コツンと云う同じようなアタック音が聞こえてしまいます。そこで、通常は、音Bを音Aより弱く弾くことによって表現する訳です。しかし、この強弱関係は大変微妙で、「指のタッチ」での「力の入れ具合」だけで表現することは至難の技です。「肘のタッチ」はこのような時に役に立ちます。つまり、音Bを弾くときに、「肘」を僅かに「持ち上げる」ような感じで、「力を逃がして」やるわけです。肘はこの時ショック・アブソーバのような役目を果たし、「指だけの力加減」よりも、もっと容易に微妙な強弱を実現することが出来ます。この事から、このタッチを「脱力」と表現する人もありますが、言い方は変わっても同じ事です。

これは、音が3音以上続いても同じ事で、スラーのかかった最後の音に対し、「肘のタッチ」を使い、《音を抜きます》。又、このタッチは和音奏の場合の強弱表現に大変重要な役目を果たします。

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矢印の和音は、この「肘のタッチ」を使って奏されて始めて満足なサウンドになります。曲はショパン:ノクターン嬰ハ短調(ライブラリ5)。

 

[2]それぞれのタッチの詳細

●指のタッチ
曲例は、ブルグミュラー「25のやさしい練習曲 作品100(25 Leichte Etüden op.100)」の第2曲目”アラベスク(Arabesque)”からとってあります。

@正常テンポで演奏したものを横から見る

《説明》
右手を左側面から見ています。打鍵中、手首の上下動が殆どないことに注目して下さい。要するに、《指だけで》弾けている状態です。指の動きが悪い場合は、これに手首の上下動が加わって打鍵を補助する方向に向かいます。そうなると《速く弾けない》《ミス・タッチが増える》などの、悪い影響が生じます。その意味で、《指のタッチ》は、ピアノの打鍵に於いて基本中の基本と云えるわけで、若きショパンが尊敬したカルクブレンナーなどが、この《指のタッチ》を最優先し、これの鍛錬に重きを置いたことも納得できます。なお、画面からは判断しにくいですが、指のタッチは「打鍵」だけでなく「離鍵」も(つまり弾いた後指を上げる)重要です。この出来不出来が音色感に関係してきます。この曲(の右手パッセージ)が滑って弾けない人は、多くの場合、離すタッチがおろそかになっています。この事については、レッスンルームの「毎日のトレーニング」を参照して下さい。

A正常テンポで演奏したものを真上から見る

《説明》
両手を上から見ています。このパッセージでは、左手は殆ど同じ音域に留まりますが、右手は随分上の音域にまで駆け上がって行きます。この時に出来るだけ鍵盤と腕が直角を保ちながら移動できるよう、肘ごと或いは上体ごと横方向に移動させる事が大事です。この《直角》が崩れると、てきめんにミス・タッチが発生しやすくなります。

●手首のタッチ
譜例2も、同じくブルグミュラーの前掲書の第23曲”帰途(Retour)”から採っています。帰途を急ぐセカセカした足取りのような、忙しい曲で大変速く弾きますから、テクニック的には難しいです。

@ゆっくり弾いた例を横から見る

《説明》
分かりやすいように、ゆっくり弾いています。腕の部分は動かず、手首から先が、細かく振動するように動いている事が分かると思います。注意するべきは、《手首》で弾く状態でも、《指のタッチ》は残っている事です。手首を振って打鍵すると云っても、彫像のような硬い手の形のままで、「手首だけを振って」打鍵するわけでは決してありません。手首のみで打鍵しようとすれば、やはりミスが増え、強さがバラつきます。《先ず、指で》、それから《必要最小限度の手首の動き》を加える訳です。

 

●肘のタッチ
譜例は、「シューベルトの子守唄」冒頭の右手から採っています。

要するに、このパッセージは

 のように弾きたいわけです。
 のように弾くと美しくない、と云うわけです。

@良い例(但し、ちょっと大袈裟・・)

《説明》
音Bを打鍵直後の、手の微妙な動きに注目して下さい。力を相殺する為の動きです。ピアノにとって打鍵の強弱コントロールは大変重要な課題ですが〜と、云うよりも、殆どこれしかない、と云って良いくらいですが〜指の力の入れ具合だけでコントロールするのは大変難しいことです。アコースティック・ピアノは電子キーボードと異なって弱く弾きすぎると、適面に音が抜けてしまいます。だからといって、やたらに力を込めて弾くと、乱雑な音しか出てくれません。だから実際には、《指はしっかり弾きながら》、《実際の打鍵は弱い力で》行う、と云う微妙に矛盾した打鍵方法が必要なのです。映像は、これを示しています。要するに、《しっかり打ち下ろした指のタッチ》を打鍵の瞬間に、肘(および手首、腕)を僅かに持ち上げるような動作で《相殺してやる》訳です。言い換えれば、下方向に向かったエネルギー(指のタッチ)を上方向の運動(肘のタッチ)で吸収してやる、と云うことです。これで、音Bを音Aよりも小さく柔らかく発音させることが出来ます。

又、この譜例に限らず、例えば指のタッチでの曲例(アラベスク)で16分音符のパッセージを弾き終わった直後、右手が鍵盤から跳ね上がるように見えるのも、やはり同じように《肘のタッチ》を使って、最後の16分音符をうまくまとめようとしている結果です。もう一度映像を確認して下さい。

この「肘のタッチ」は形から覚えても、なかなかに修得が難しいものです。肘から腕にかけての、微妙な筋肉の内部感覚を会得する必要があります。上級者になっても、人によっては大袈裟に肘を振る人や、ちょっと手首を持ち上げるだけの人や、全く様々で、形にとらわれる必要はありません。しかし、ピアノに限らず楽器(オルガンだけは例外のような気がしますが)の演奏には、かなりの程度《体全体の動き》が重要です。一見、不必要に思われる《体の動き》も、演奏者が自分で会得した《筋肉の微妙な内部感覚》を実現するためのトリガーであることが多いのです。だから、大事なことは、ピアノ演奏時に、思い切って色々な体の動きを試してみることです。きっと、ご自分の演奏スタイル(体の動き)が見つかると思います。

 

[3]肘のタッチの練習

肘のタッチは、なかなかに会得するのが難しく、これを助けるために練習曲を作ってみました。曲はシューベルトの子守唄を簡略化してあります(小さい音符が元のメロディ)。スラーの最後の音(はじめの3小節は赤で囲みました)を注意深く弾いて下さい。音符を拾うだけならとても簡単ですが、もう一歩踏み込んで、《肘のタッチ》を使いましょう。上体と肘を(ヴァイオリン奏者のように)動かして、キメ細かいタッチを試みて下さい。気分を出すために、準備してあるカラオケに合わせるのが良いでしょう。指の力加減だけに頼っていれば、安定してスラーを表現することは出来ません。予想より音が大きく出すぎたり、又、(特にアコースティック・ピアノの場合)弱すぎて鳴らなかったり、と不安定な状態が続く筈です。何度か弾いて、「肘のタッチ」を会得すれば、非常に安定して弾けるようになります。「ああ、この感じか!」と納得出来るまで、これを弾いてみて下さい。

BUTTN_GAKUFU.GIF

ONSEISAISEI.JPG(カラオケです、必要に応じて右クリックで保存して下さい)