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【はじめに】 ここでは、音階とアルペジオについて、基本的なテクニックを解説します。基本的なテクニックとは
@指の交叉(指くぐりと指の乗り越え) A手の平行移動 ・・・・この2点です。
ハープシコード時代の古い鍵盤テクニックでは、親指はあまり使われず、鍵盤奏者は基本的には4指で弾いていたようですが、近代では盛んに親指が使用され、これが他の指の下をくぐることが頻繁に行われます。これは、逆に言えば、他の4指が親指の上を《のり越える》ことでもあり、この意味(つまり「親指」対「他の4指」)での《指の交叉》がまず基本となります。ただ、交叉は親指との関係だけでなく、3、4、5、指の間でも行われます。だから、この2つを含んだ問題が《指の交叉です》。 次に、幅の広い音程を動くアルペジオや高速音階奏では、指の交叉は事実上不可能で、手を左右に素早く滑らせるように動かすテクニックが必要です。これが《手の平行移動》と云うことになります。
(1)指の交叉を使った音階とアルペジオ
[1-1]音階奏での指の交叉 一般的な音階奏(ダイアトニック)での指使い(右手)は、次のようになります:
 ここでは、何カ所かいわゆる「指の交叉」が含まれており、これが音階を奏する場合の基本的な難しさです。とりわけ、上がり音階で、親指が他の指の下をくぐる『指くぐり』は大変難しく、初心者が苦労することの定番になっています。逆に、下りでは、3、4指が1指を乗り越えることになります。この場合の『指の乗り越え』は、『指くぐり』に比しては難しくはありませんが、しかし、音階奏での基本テクニックの一つであることには変わりありません。これらの練習のコツについては後で触れることにします。
【注】 左手は、右手の鏡像とみなしてよく、一般に、右手音型を鏡像転回することによって得られる(左手用)音型は、元(右手用)のものと同じ運指番号を携えています。左手の運指はそのようにして理解して下さい。
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[1-2]指の乗り越えテクニック 例えば、次のような音型では、上に付けた運指の方が、下の方の運指よりずっと弾きやすいです。
 このように、場合によっては3指が4、5指を乗り越えて次の鍵盤を弾くこともよくあります。この『指の乗り越え』は、先の下り音階奏にあらわれるものよりずっと難しいものですが、やはり基本テクニックの一つです。親指の使用頻度が少なかった時代には良く使われ、バッハなどポリフォニックな曲の演奏には必須のテクニックです。ただ、ハープシコード曲に限らず、ショパンなどでもこの運指でしか弾けないがのもあります。典型的なものは、次に見られるような半音階に用いられるもので、実際上、この曲はこの指使いでしか弾けないものです。余談ですが、この曲などは、ショパンがバッハ(の鍵盤作品)から演奏テクニックの多くを得ていたことがよく分かります。
ショパン:「練習曲 作品10-2」

次のような良く知られた曲でも、一部「指の乗り越え」を使うと、より流暢な運指となります。

モーツァルト:「トルコ行進曲」

[1-3]アルペジオでの指の交叉 一般的なアルペジオ奏(3和音)での指使い(右手)は次のようになります:
 ここでも、音階と同じ様な指の交叉が含まれますが、移動幅が広いので難易度はより高くなります。一般的には、アルペジオでの指の交叉は、実際にはあまり使われず、手を素早く平行移動させるテクニックで肩代わりさせてしまう事が多いのです。しかし、パッセージによっては使わざるを得ない事もありますし、難易度の高い指の交叉に習熟すれば、逆に音階奏での指の交叉が楽になると云う利点もあって、練習する価値のあるテクニックです。
[1-4]指くぐり練習のポイント 指の交叉を含んだパッセージを弾いているときには、掌は頻繁に伸び縮みを繰り返します。だから、指の交叉のテクニックは、これを支える掌の柔軟性にかかっている訳です。特に重要なのは、親指の付け根の関節の柔軟性です。親指は見かけ上2つの関節しかありませんが、他指と同じく3つの関節があり、1番目は隠れて見えないだけです。この隠れた親指付け根の関節が、重要な意味を持つ訳です。関節の柔軟性は、訓練によって確実に増しますから、先ずこの訓練が必要です。次のような音型を繰り返し弾くことは、かなり効果があります。


この時に注意する点は、先ず、『肘』の動きです。柔軟でない掌で指くぐりを行おうとすると、どうしても肘は外側に開いてこれを助けようとします。これを避けて、なるべく『指だけでくぐらせる』努力が必要です。下の2葉の写真を参照して下さい。今一つは、完全にレガートで弾くことです。3指の下を1指がくぐり、然るべき鍵盤を打鍵するまで、決して3指を鍵盤から離してはいけません。後半小節は、掌が固い間は、弾くのが大変困難ですが、相撲の股割りなどと同様、練習を繰り返せば必ず柔軟性が得られます。
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肘が鍵盤に対し、直角を保ったままで親指を くぐらせている。→OK |
指をくぐらせるために、無理に肘を外側に開い ている。→NG |
(2)指くぐりを使わない音階奏、アルペジオ
[2-1]指くぐりを使わない場合とは 音階、アルペジオは必ずしも指くぐりを使うとは限りません。例えば、
(a)『速い速度で』弾かなければならない時には、指をくぐらせると時間がかかりすぎてとても間に合いません。 (b)『広い音程』を含むアルペジオもこの交叉を使うには無理があります。
そのような時は『手を素早く平行移動させる』使ってこれを補います。《遅い音階奏 》の場合、完全に指がくぐっています。これに対し《速い音階奏 》では、指はほとんどくぐらずに次のポジションへ素早く『手全体が移動し』ています。 これは、《遅いアルペジオ 》でも《速いアルペジオ 》でも同じ事が云えます。
この場合、完全なレガートは理屈上出来ない訳ですが、テンポの速さでカモフラージュされ、聴感上は全く問題なく聞こえます。アルペジオでペダルを使えれば、尚更何の問題もありません。
[2-2]平行移動のコツ 指くぐりをする場合、掌はそのままで親指が中へ折れ込みます。これに対し、平行移動の場合は、掌全体が若干外側へ寝かせるような感じで、親指の移動を助けます。
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| 通常の指くぐり |
手を平行移動させながら弾く場合。 |
速い音階やアルペジオを奏するときは、この状態で手で鍵盤を『撫でつける』ような感じで弾きます。指で一つ一つ鍵盤を押さえる、と云うよりも、手全体を(グリッサンドのように)滑らせ、その中で指が動いている、と云うような感じです。
(3)音階、アルペジオ演奏の実際
[3-1]音ムラをとる 音階でも、アルペジオでも、どの指で弾いているか分からない位に、均等に粒を揃える事が問題です。とくに、指を交叉させた直後の打鍵は不安定で、音ムラが出来やすいので気を付けて下さい。弾きながら慎重に耳をすまし『指交叉後に音ムラが出て良くない』状態と、『均等に粒が揃った』状態を聞き分けて下さい。音量ムラを取るには、逆に親指以外のところにアクセントをつけて弾いてやる、と云った次のような練習方法も効果的です。
(指くぐり直後の親指打鍵で、音が大きくなりすぎている)
(どこで指くぐりしたか分からせないように均等に鳴っている)
《音ムラをとる為の練習》


[3-2]実際曲を使っての練習 以下に掲げる曲例は、実際曲の一部分です。これらの曲の全体を『音楽として』弾くのは、初級段階ではとても無理なのですが、名曲の一部分を、充分「ゆっくり弾いて」練習に使うことはとても効果的です。何故ならば、機械的なドリル練習では、確かに各音量が均等であると云う意味での『粒の揃った』パッセージは得られますが、そのような意味で『粒が揃っている』事を、実際の音楽シーンで要求されることは殆どありません。逆に、美しく弾くと云うことは、『如何に美しく粒を揃えないか』と云う問題なのです。MIDIのベタ打ちのようなパッセージが得られたとしても、それは決して『美しくはない』からです。その意味では、実際曲の一部分を練習に使うことは、『どのように弾けば美しく響くか』と云う、基本的な問題を大変イメージしやすいと云う利点があります。以下に、いくつか例を掲げますので、是非これを練習してみて下さい。なお、小さな音符を弾く必要はありません。
@ベートーヴェン:「月光の曲」第3楽章より 右手の3和音アルペジオですが、カデンツァに流れ込む直前のパッセージです。右手だけ、ゆっくりで構いませんが、力強く一つ一つの音をしっかり強く弾いて、『激した』感じをイメージしながら響かせて下さい。フレーズ最初の音は少しテヌート気味に弾けば効果的です。参考までに、練習の対象となる4小節よりも後の小節を書き込んでありますが、これは弾く必要はありません。最初の4小節を繰り返し弾いて下さい。

●この練習用楽譜(右手のみ)の印刷 ●このパッセージの参考演奏 全パート  右手だけ
Aヘンデル:「調子の良い鍛冶屋」最終変奏より左右の手交互に、完全にツブの揃った音階を弾きます。軽やかな響きです。実は、この曲のような「ホ長調」が指にとってはもっとも弾きやすいのです。適当に黒鍵が含まれていて、指くぐりが大変楽だからです。白鍵ばかりで出来ているハ長調は(楽譜は見やすいけれども)指くぐりには最も難しい調性です。

●このパッセージの参考演奏 全パート  練習部分だけ
●全曲の楽譜、及び演奏はライブラリ6にあります。
Bラフマニノフ:「エレジー」作品3-1より 黒鍵を中心とした、大変広い左手のアルペジオです。手の『平行移動』がスムーズに出来る必要があります。重く、暗い響きです。1小節ずつペダルを踏んでも良いでしょう。かなり難しいので、はじめは暗譜する方が弾きやすいでしょう。しかし、大体弾けるようになれば、鍵盤を見ないで、手で平行移動の距離間隔を覚えて下さい。曲想から云って、決して速く弾く必要はありません。繰り返して練習すると、鍵盤の間隔が身に付いてきて、跳躍してもミスしなくなります。

●この練習用楽譜(左手のみ)の印刷 ●このパッセージの参考演奏 全パート  右手だけ
●全曲の楽譜、及び演奏はライブラリ8にあります。 |